山折哲雄
| 人物情報 | |
|---|---|
| 生誕 | 1931年5月11日(95歳) |
| 出身校 | 東北大学文学部印度哲学科 |
| 学問 | |
| 研究分野 | 宗教史、思想史 |
山折 哲雄(やまおり てつお、1931年[1][2]〈昭和6年〉5月11日 - )は、日本の宗教学者、評論家。専攻は宗教史・思想史[3]。国際日本文化研究センター名誉教授(元所長)、国立歴史民俗博物館名誉教授、21世紀高野山医療フォーラム副理事長、総合研究大学院大学名誉教授、平城遷都1300年記念事業評議員。教育改革国民会議委員[3]。角川財団学芸賞、和辻哲郎文化賞、山本七平賞選考委員。1997年に白鳳女子短期大学赴任以降は行政職に就くことが続いた[4]。岩手県花巻市出身[5]。京都市在住[1]。
日本人の宗教意識や精神構造を研究し、現代社会論や文明論を精力的に展開する。著書に『日本人の霊魂観』(1976年)、『悲しみの精神史』(2002年)、『義理と人情』(2011年)など。
経歴
1931年、アメリカ合衆国サンフランシスコに生まれる[1][4]。1937年に日本へ、東京に転居。太平洋戦争下の1943年、母の故郷である岩手県花巻市に疎開。同地出身である宮沢賢治に何度か言及しており、母の実家は賢治の家と200mほど離れているばかりであった[6]。
1954年に東北大学文学部を卒業し、1959年に東北大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。
1969年、春秋社編集部入社。1976年に駒澤大学文学部助教授、翌1977年に東北大学文学部助教授、1982年に国立歴史民俗博物館教授、1988年に国際日本文化研究センター教授に就任。
1997年、国際日本文化研究センター(日文研)名誉教授、白鳳女子短期大学学長(2000年まで)[7]。2000年に京都造形芸術大学大学院長。2001年に日文研所長、2005年に退任。日文研教授になった時期より評論家としての活動が多くなり、それ以後は一般向けの著述が多い。
2010年、第20回南方熊楠賞(人文の部)受賞[8]。2010年8月の松下幸之助記念財団設立時には理事を務めていた。同財団評議員には文仁親王妃紀子の父川嶋辰彦が名を連ねていた[9]。
人物
- 学生時代に十二指腸潰瘍のため大量に吐血。このとき臨死体験をし、「このまま死んでいくのも悪くない」と感覚を得た。約3ヶ月間入院するが、点滴を受けながら10日間くらい絶食をする。この際、5・6日目あたりから五感が非常に冴え、清澄な気持ちになることを体験。平安時代末期の念仏結社の人々の体験である「二十五三昧会」が脳裏をよぎる。人間は危機的な状況で、ある生命の反逆作用が起こり、超日常的なイメージを見るのではと覚り、世界観ががらりと変わる。このときから自分自身の肉体が研究対象になる。それ以前は死は無に帰するという近代ヨーロッパ的な観念的無神論者であり、死後を積極的に否定していた。しかし、その体験後は死後の世界を想定したほうが人間の生き方が豊かになると考えるようになった(立花隆対談集『臨死体験と宗教』より)。
- 上記以外にも急性膵炎、肝炎、脳梗塞など多くの病気を患い、2020年には肺炎で延命治療するかを医師に尋ねられるまで重篤となったが平癒した[1]。それ以降は絶っていたお酒を再び楽しみ、夜は9時頃に寝て夜中に一度起きて湧き上がる突飛な「妄想」と戯れた後に原稿を執筆し、朝食後に朝寝、昼食後に昼寝という「妄想三昧、執筆三昧、昼寝三昧」の生活を送っている[1]。
宗教観・世界観
- 『別冊太陽』1992年春号「輪廻転生」では麻原彰晃と対談し、既に熊本県などの地元民と軋轢があったオウム真理教が法廷闘争を行っているとき、「…宗教集団としては、最後まで俗世間の法律は無視するという手もあると思うんですよ」と、まるで非合法活動を勧めるようなことを言っている。
- 2009年4月26日の『読売新聞』朝刊の「地球を読む」にては、西欧社会が旧約の神と新約の神を分離して考えていることやキリスト教が肉体の死を認めていない事を示唆するような内容を執筆している。2011年1月17日、同「地球を読む」でパクス・ロマーナやパクス・ブリタニカのように「パクス・ヤポニカ」と呼べる「日本の平和」の事実があったと説く。これは平安時代、平安遷都から保元の乱・平治の乱までの平安貴族の安定した政権の約350年間、江戸時代の島原の乱を除けば幕末期までの江戸幕府による約250年間であるとしている。
- 熱烈な多神教優位論者であり、一神教を「砂漠の宗教」として、自然豊かな環境で生まれた多神教と対比させ、後者の前者に対する寛容性と優越性を強く主張している。
- 著書に「素粒子というものは科学的に証明できるかもしれない。けれども実感としてその存在を感じられない。魂というものは、科学的には証明できなくても、実感としては強く感じることができる」と記した。
論争
受賞歴
著書
昭和期の単著
- 『アジアイデオロギーの発掘 ある宗教思想論の試み』勁草書房 1968
- 『人間蓮如』春秋社 1970/洋泉社MC新書 2010
- 『日本仏教思想論序説』三一書房 1973/講談社学術文庫 1985
- 『ガンディーとネルー-その断食と入獄』(東洋人の行動と思想)評論社 1974
- 『聖と俗のインド 現代によみがえるガンディー』第三文明社レグルス文庫 1998
- 『日本人の霊魂観 鎮魂と禁欲の精神史』河出書房新社 1976、改訂版1988、1994、2011
- 『道元』<新書・人と思想>清水書院 1978
- 『天皇の宗教的権威とは何か』三一書房 1978/河出書房新社 1990
- 『霊と肉』東京大学出版会 1979/講談社学術文庫 1998
- 『インド・人間』平河出版社 1980
- 『日本宗教文化の構造と祖型 宗教史学序説』東京大学出版会 1980
- 『「坐」の文化論』佼成出版社、1981/講談社学術文庫 1984
- 『地獄と浄土』春秋社 1982/徳間文庫教養シリーズ、1998
- 『宗教的人間』法藏館 1982
- 『日本人の心情 その根底を探る』NHKブックス(日本放送出版協会) 1982
- 『神と仏-日本人の宗教観』講談社現代新書 1983
- 『神から翁へ』青土社 1984 /『神と翁の民俗学』講談社学術文庫 1991
- 『宗教民俗誌 聖と俗のトポロジー』人文書院 1984
- 『演歌と日本人 「美空ひばり」の世界を通して日本人の心性と感性を探る』
PHP研究所 1984/『美空ひばりと日本人』PHP文庫 1989 - 『賢治の風光‐宮沢賢治童話の世界』佼成出版社 1985
- 『日本人の顔 図像から文化を読む』 NHKブックス(日本放送出版協会) 1986/光文社知恵の森文庫 2008
- 『仏教信仰の原点』講談社学術文庫 1986
- 『日本仏教思想の源流』講談社学術文庫 1987
- 『乞食の精神誌 シリーズにっぽん草子』弘文堂 1987
- 『精神の再興』仏教文化選書:佼成出版社 1989
- 『神秘体験』講談社現代新書 1989
1990年代の単著
- 『死の民俗学 日本人の死生観と葬送儀礼』岩波書店 1990/岩波現代文庫 2007
- 『みやびの深層 日本文明の創造』<日本文明史第4巻>角川書店 1990
- 『人間の美術5 浄土の彼方へ 平安時代』学習研究社 1990
- 『宗教思想史の試み』弘文堂 1990
- 『ダライ・ラマ』河出書房新社 1991
- 『臨死の思想 老いと死のかなた』人文書院 1991
- 『聖と俗のインド』有学書林 1992
- 『仏教とは何か ブッダ誕生から現代宗教まで』中公新書 1993
- 『仏教民俗学』講談社学術文庫 1993
- 『生と死のコスモグラフィー』法蔵館 1993
- 『学問の反乱 漂泊の旅の如く』佼成出版社 1993
- 『神と王権のコスモロジー』吉川弘文館 1993
- 『お迎えのとき 日本人の死生観』祥伝社 1994 /「このへんで、お先に」祥伝社文庫 1999
- 『巡礼の思想』弘文堂 1995/『西行巡礼』新潮文庫 2003
- 『死を視ること帰するがごとし』講談社 1995
- 『日本人と浄土』講談社学術文庫 1995
- 『宗教の行方』現代書館 1996
- 『近代日本人の宗教意識』岩波書店 1996/岩波現代文庫 2007
- 『キーワードで読み解く最新宗教学入門』たま出版 1996
- 『宗教の話』朝日新聞社 1997
- 『物語の始原へ 折口信夫の方法』小学館 1997
- 『悩め、人間よ 親鸞、空海、日蓮、隠された人間像』ネスコ 1997
- 『蓮如と信長』PHP研究所 1997、PHP文庫 2002
- 『日本人の宗教感覚』日本放送出版協会(NHKライブラリー) 1997
- 『暮しのなかの祈り シリーズ生きる』岩波書店 1998
- 『仏教と音楽』作陽学園出版部(作陽ブックレット) 1999
- 『いまを生きる』淡交社 1999
- 『宗教の力 日本人の心はどこへ行くのか』PHP新書 1999
- 『悪と往生 親鸞を裏切る「歎異抄」』中公新書 2000/中公文庫 2017
2000年代の単著
- 『愛欲の精神史』小学館 2001/角川ソフィア文庫全3巻 2010
- 『近代日本人の美意識』岩波書店 2001
- 『鎮守の森は泣いている 日本人の心を「突き動かす」もの』PHP研究所 2001
- 『こころの作法 生への構え、死への構え』中公新書 2002
- 『悲しみの精神史』PHP研究所 2002
- 『日本人の情感はどこからくるのか』草思社 2003
- 『教えること、裏切られること-師弟関係の本質』講談社現代新書 2003
- 『涙と日本人』日本経済新聞社 2004
- 『さまよえる日本宗教』中公叢書 2004/中公文庫 2013
- 『日本のこころ、日本人のこころ』日本放送出版協会 2004
- 『日本文明とは何か パクス・ヤポニカの可能性』角川叢書 2004/角川ソフィア文庫 2014
- 『デクノボーになりたい 私の宮沢賢治』小学館 2005
- 『ブッダは、なぜ子を捨てたか』集英社新書 2006
- 『「歌」の精神史』中公叢書 2006/中公文庫 2015
- 『山折哲雄セレクション生きる作法』全3巻 小学館 2007
- 『早朝坐禅 凛とした生活のすすめ』祥伝社新書 2007
- 『親鸞の浄土』アートデイズ 2007
- 『親鸞をよむ』岩波新書 2007
- 『信ずる宗教、感ずる宗教』中央公論新社 2008
- 『空海の企て 密教儀礼と国のかたち』角川選書 2008
- 『日本人と「死の準備」 これからをより良く生きるために』角川SSC新書 2009
- 『いま、こころを育むとは 本当の豊かさを求めて』小学館101新書 2009
- 『悪と日本人』東京書籍 2009
- 『天皇の宮中祭祀と日本人 大嘗祭から謎解く日本の真相』日本文芸社 2010/増補版『天皇と日本人』大和書房 2014
- 『「教行信証」を読む』岩波新書 2010
- 『17歳からの死生観 高校生との問答集』毎日新聞社 2010/新潮文庫 2014
- 『にっぽん巡礼 漂泊の思いやまず』創元社 2010
- 『わたしが死について語るなら』ポプラ社 2010 のち新書
2010・20年代の単著
- 『法然と親鸞』中央公論新社 2011/中公文庫 2016
- 『絆 いま、生きるあなたへ』ポプラ社 2011
- 『「始末」ということ』角川oneテーマ21 2011
- 『往生の極意』太田出版 2011
- 『義理と人情 長谷川伸と日本人のこころ』新潮選書 2011
- 『日本の「宗教」はどこへいくのか』角川選書 2011
- 『髑髏となってもかまわない』新潮選書 2012
- 『ニッポンの負けじ魂 「パクス・ヤポニカ」と「軸の時代」の思想』朝日選書 2012
- 『ひとり達人のススメ』主婦の友社 2012
- 『わが人生の三原則 こころを見つめる』中央公論新社 2013
- 『危機と日本人』日本経済新聞出版社 2013
- 『母なるガンディー』潮出版社 2013
- 『能を考える』中公叢書 2014
- 『これを語りて日本人を戦慄せしめよ 柳田国男が言いたかったこと』新潮選書 2014
- 『死を思えば生が見える 日本人のこころ』PHP研究所 2015
- 『「ひとり」の哲学』新潮選書 2016
- 『恩人の思想 わが半生追憶の人びと』ミネルヴァ書房 2017
- 『勿体なや祖師は紙衣の九十年 大谷句仏』中公叢書 2017
- 『死者と先祖の話』角川選書 2017
- 『老いと孤独の作法』中公新書ラクレ 2018
- 『ひとりの覚悟』ポプラ新書 2019
- 『激しく考え、やさしく語る 私の履歴書』日経プレミアシリーズ新書 2019
- 『「身軽」の哲学』新潮選書 2019
- 『米寿を過ぎて長い旅』海風社 2020
- 『聖と俗のインド:現代によみがえるガンディー』第三文明社 2020
- 『宗教の力』PHP新書 2021
- 『生老病死』KADOKAWA 2021
- 『辞世の作法』講談社学術文庫 2021
- 『わが忘れえぬ人びと』中央公論新社 2023
- 『ブッダに学ぶ老いと死』朝日新書 2023
共著・編著
- 『オカルト・ジャパン』 鎌田東二対談 平凡社 1987
- 『宗教のジャパノロジー シンクレティズムの世界』 川村湊対談 作品社 1988
- 『日本における女性 日本思想における重層性』 名著刊行会 1992
- 『洛中巻談』 河合隼雄、杉本秀太郎、山田慶児共著 潮出版社 1994
- 『日本の神』 全3巻 平凡社 1995-96
- 『宗教の自殺 日本人の新しい信仰を求めて』 梅原猛 PHP研究所 1995/「さまよえる日本人の魂」祥伝社文庫 1999
- 『日本とは何かということ 宗教・歴史・文明』 司馬遼太郎対談 日本放送出版協会 1997/NHKライブラリー 2003
- 『いのちの旅 対話集』 現代書館 1997
- 『こころの旅 対話集』 現代書館 1997
- 『いのりの旅 対話集』 現代書館 1999
- 『蓮如 転換期の宗教者』 大村英昭共編 小学館 1997
- 『執深くあれ 折口信夫のエロス』 穂積生萩共著 小学館 1997
- 『アジアの環境・文明・人間』 法藏館 1998
- 『日本人の思想の重層性 <私>の視座から考える』 筑摩書房 1998
- 『先端科学の現在-大腸菌から宇宙まで-』 河合隼雄、杉本秀太郎、山田慶児共著 潮出版社 1998
- 『民俗宗教を学ぶ人のために』 川村邦光共編 世界思想社 1999
- 『稲荷信仰事典 神仏信仰事典シリーズ3』 戎光祥出版 1999
- 『人間の行方 二十世紀の一生、二十一世紀の一生』 多田富雄対談 文春ネスコ 2000
- 『本当の「癒し」って何!?』 ひろさちや対談 ビジネス社 2000
- 『「林住期」を生きる 仕事や家を離れて第三のライフステージへ』 太郎次郎社 2000
- 『世紀を見抜く 未来へ向けての豊穰なる対話』 加藤尚武対談 萌書房 2000
- 『国際人間学入門』 春風社 2000
- 『仏教用語の基礎知識』 角川選書 2000
- 『元気に老い、自然に死ぬ』 秦恒平対談 春秋社 2001
- 『死を見つめて生きる』 ひろさちや対談 ビジネス社 2002
- 『宗教を知る人間を知る』 河合隼雄、加賀乙彦、合庭惇共著 講談社 2002
- 『「いのち」についての60の手紙 十代の君たちへ 往復エッセイ』 中村桂子 扶桑社 2002
- 『「哀しみ」を語りつぐ日本人』 齋藤孝対談 PHP研究所 2003
- 『名僧たちの教え 日本仏教の世界』 末木文美士共編 朝日選書 2005
- 『日本の精神性と宗教』 河合隼雄・鎌田東二・橋本武人 創元社 2006
- 『日本人の「死」はどこにいったのか』 島田裕巳対談 朝日選書 2008
- 『「源氏物語」の京都を歩く』 槙野修共編 PHP新書 2008
- 『未来のおとなへ語る』 ポプラ社 2009
- 『わたしが死について語るなら』 ポプラ社 2009、新装版2010
- 『日本仏教史入門-基礎史料で読む』 大角修共編 角川選書 2009
- 『奈良の寺社150を歩く』 槙野修共編 PHP新書 2010
- 『17歳からの死生観 高校生との問答集』 毎日新聞社 2010
- 『デクノボー 宮沢賢治の叫び』 吉田司 朝日新聞出版 2010
- 『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦 神さまについての話』 五味太郎 アスペクト 2010
- 『救いとは何か』 森岡正博 筑摩選書 2012
- 『日本人が忘れた日本人の本質』 髙山文彦 講談社+α新書 2017
- 『おひとりさまvs.ひとりの哲学』 上野千鶴子 朝日新書 2018
- 『ぼくはヒドリと書いた。宮沢賢治』 綱澤満昭 海風社 2019
- 『沈黙の作法』 柳美里 河出書房新社 2019
- 『楕円の日本 日本国家の構造』 川勝平太 藤原書店 2020
翻訳
- K.M.カパディヤ『インドの婚姻と家族』未來社、1969
- マックス・ヴェーバー『アジア宗教の基本的性格』池田昭・日隈威徳共訳、勁草書房、1970
- スタニスラフ&クリスティナ・グロフ『魂の航海術 死と死後の世界.イメージの博物誌10』平凡社、1982
脚注・出典
- 宗教学者・山折哲雄氏に聞く:平和の戦略、歴史に学べ 大病から復活「老いありのままに」『日本経済新聞』朝刊2022年6月11日(文化面)2022年7月24日閲覧
- 山折哲雄『ブッダは、なぜ子を捨てたか』(集英社、2006年7月19日、ISBN 4-08-720351-4)223頁
- 教育改革国民会議委員名簿[リンク切れ]首相官邸
- 特定非営利活動法人(NPO)災害から文化財を守る会[リンク切れ]Update: 02.01.21
- “京都御苑ずきのご近所さん第6回 山折哲雄様”. 環境省 (2016年9月16日). 2023年10月1日閲覧。
- 河合隼雄『猫だましい』(2000年5月20日、新潮社)
- SPF Newsletter Vol. 1, FY2003[リンク切れ]
- 第11回~第20回南方熊楠賞受賞者 南方熊楠顕彰館(2022年7月24日閲覧)
- 公益財団法人松下幸之助記念財団 定款 p13
- [花田紀凱の週刊誌ウォッチング](401) 反響呼んだ「ご退位なさいませ」MSN産経ニュース(2013年3月2日)
- 皇太子さまに「ご退位」勧める論文が大波紋 「第2の人生を選ばれてもいい時期」J-CASTニュース(2013年2月28日)
- 皇室の苦悩、社会の危機 「皇太子退位論」山折哲雄さんに聞く[リンク切れ]朝日新聞DIGITAL(2013年3月25日)
- 山折哲雄、保阪正康「私はなぜ皇太子ご退位論を書いたのか」『文藝春秋』2013年6月号、pp.120-127
- 教育改革国民会議第1分科会(第6回)議事録
- 2000/12/09 朝日新聞朝刊[リンク切れ]
- 第17回「生涯学習賞」の受賞者の決定について[リンク切れ]亀岡市ホームページ
外部リンク
인물
- 학생 시절에 십이지장 궤양 때문에 대량으로 토혈. 이때 임사체험 을 하고 "이대로 죽어가는 것도 나쁘지 않다"며 감각을 얻었다. 약 3개월간 입원하지만 점적 을 받으면서 10일 정도 단식을 한다. 이 때, 5·6일째 당부터 오감이 매우 즐겁고, 청징한 기분이 되는 것을 체험. 헤이안 시대 말기의 염불 결사 사람들의 체험인 ' 253매회 '가 뇌리를 넘는다. 인간은 위기적인 상황에서 어떤 생명의 반역작용이 일어나고, 초일상적인 이미지를 보는 것은 아니라고 기억하고 세계관이 바뀐다. 이때부터 자신의 육체가 연구 대상이 된다. 그 전에는 죽음은 무사히 돌아간다는 근대 유럽적인 관념적 무신론자 였고, 사후 를 적극적으로 부정하고 있었다. 그러나, 그 체험 후에는 사후의 세계를 상정하는 편이 인간의 삶의 방법이 풍부해진다고 생각하게 되었다( 타치바나 타카시 대담집 “임사 체험과 종교”보다).
- 상기 이외에도 급성 췌장염 , 간염 , 뇌경색 등 많은 질병을 앓고, 2020년에는 폐렴 으로 연명 치료할 것인지를 의사에게 물어볼 때까지 중증이 되었지만 평치했다 [ 1 ] . 그 이후는 끊어진 술을 다시 즐기고, 밤은 9시경에 자고 한밤중에 한번 일어나 솟아오르는 돌비인 「망상」이라고 놀린 후에 원고를 집필하고, 아침 식사 후에 아침잠, 점심 후에 낮잠이라고 하는 「망상 삼매, 집필 삼매 」1 생활 .
종교관·세계관
- 『별책태양』 1992년 춘호 「윤회전생」에서는 마하라 아키 아키라 와 대담해, 이미 구마모토현 등의 현지민과 갈등이 있던 앵무새 진리교 가 법정 투쟁을 실시하고 있을 때 , 「…종교 집단으로서는, 끝까지 속세간의 법률은 무시한다고 하는 손도 있다고 생각해요」라고, 마치 비합법 활동을 권하는 것과 같은 것을 말하고 있다.
- 2009년 4월 26일의 '요미우리 신문 ' 조간의 '지구 읽기'에서는 서구사회가 구약 의 신과 신약 의 신을 분리하여 생각하고 있는 것과 기독교 가 육체의 죽음을 인정하지 않는 것을 시사하는 내용을 집필하고 있다. 2011년 1월 17일 , 이 「지구를 읽는다」에서 팩스 로마 나나 팩스 브리타니카와 같이 「팩스 야포니카」라고 부를 수 있는 「일본의 평화」의 사실이 있었다고 설명한다. 이것은 헤이안 시대 , 헤이안 천도 에서 보원의 난 · 평지의 난 까지의 평안 귀족 의 안정된 정권의 약 350년간, 에도 시대 의 시마바라의 난을 제외하면 막말 말 까지의 에도 막부에 의한 약 250년간이라고 하고 있다.
- 열렬한 다신교 우위 론자 이며 일신교 를 '사막의 종교'로 자연 풍부한 환경에서 태어난 다신교와 대비시켜 후자의 전자에 대한 관용성과 우월성을 강하게 주장하고 있다.
- 저서에 “ 소립자 라는 것은 과학적으로 증명할 수 있을지도 모른다. 하지만 실감으로서 그 존재를 느낄 수 없다. 영혼 이라는 것은 과학적으로는 증명할 수 없어도 실감으로는 강하게 느낄 수 있다”고 적었다.
논쟁
- 『신시오 45』 2013년 3월호에서 황태자 덕인 친왕 의 황위 계승에 관한 문제 제기를 한 「황태자 전하, 퇴위하십시오」(20-28페이지)를 발표. ' 주간문춘 ' 3월 7일호, ' 여성세븐 ' 3월 14일호 등의 주간지에서 반향을 불렀다 [ 10 ] [ 11 ] . ' 아사히신문 ' 3월 25일자에서는 인터뷰가 게재되어 [ 12 ] , ' 문예춘추 ' 2013년 6월호에서는 호사카 마사야스와 의 대담기사가 짜졌다 [ 13 ] .
- 2000년 3월에 설치된 교육개혁 국민회의 에서 “아이를 엄격히 “길들이”할 필요가 있음을 국민에게 어필하고 각오하게 한다”는 것을 제언하고 [ 14 ] , 물의를 빚었다 [ 15 ] .
종교학자이자 평론가인 야마오리 데쓰오(山折哲雄, 1931~)의 삶과 사상에 나타난 주요 주제와 이에 대한 비판적 평가를 정리해 보았습니다.
야마오리 데쓰오의 삶과 사상의 핵심 주제
신체험과 사생관(死生觀)의 전환 야마오리의 사상적 출발점에는 청년 시절 겪은 극단적인 신체적 위기가 자리 잡고 있다
. 대학 시절 십이지장궤양으로 대량 토혈을 겪으며 경험한 임사체험과 열흘간의 단식은 그의 세계관을 근본적으로 바꾸어 놓았다 . 이전까지 서구 근대적 유물론이자 관념적 무신론자로서 죽음을 ‘무(無)로의 환원’으로 보았던 그는, 생명의 위기 상황에서 감각이 극도로 맑아지고 초일상적 이미지가 열리는 것을 체험하며 자신의 ‘육체’와 ‘생로병사’ 자체를 핵심 연구 대상으로 삼게 되었다 . 이는 그로 하여금 죽음 너머의 세계를 상정하는 것이 인간 삶의 지평을 오히려 풍요롭게 한다는 결론에 도달하게 만들었다 . 이후 뇌경색과 폐렴 등 거듭된 중병을 통과하며 그는 노년의 고독, '홀로 됨'의 철학, 자연스러운 죽음의 수용(임종과 사세의 작법)을 사유하는 종교사상가로 자리 잡았다 . 일본적 영혼관과 심성의 심층 분석 그의 학문적 초점은 체계화된 교리 체계로서의 종교보다는, 민중의 밑바닥에 흐르는 기층 신앙과 감수성에 맞춰져 있다. 《일본인의 영혼관(日本人の霊魂観)》(1976), 《슬픔의 정신사(悲しみの精神史)》(2002), 《애욕의 정신사(愛欲の精神史)》(2001) 등의 저작을 통해 드러나듯, 그는 진혼(鎭魂)과 금욕, 원령(怨靈) 신앙, 엔카(演歌)나 대중예술에 투영된 '의리와 인정' 같은 감정 구조를 파헤쳤다
. 그는 일본 불교가 인도·중국에서 유입된 원래의 철학적 교리라기보다는 토착 조상 숭배와 결합된 ‘민속적 사생관’으로 변용되었다고 보았으며, '믿는 종교'보다는 '느끼는 종교'로서의 심성을 일관되게 추적했다 . 다신교 우위론과 문명론적 ‘팍스 야포니카(Pax Japonica)’ 야마오리는 일신교 문명을 ‘사막의 가혹한 풍토에서 비롯된 배타적 종교’로 규정하고, 자연과 공존해 온 아시아 및 일본의 다신교적 세계관이 지닌 관용성과 포용성을 우위에 두는 문명 담론을 적극적으로 펼쳤다
. 그는 서양의 팍스 로마나나 팍스 브리태니커에 빗대어, 헤이안 시대 귀족 정권 350여 년과 에도 막부 250여 년 등 대규모 대외 전쟁 없이 내적 안정을 누린 기간을 ‘팍스 야포니카’로 명명하며, 이러한 장기 평화의 배경에 자연에 순응하는 일본적 다신교 심성이 존재한다고 주장했다 . 현실 사회 및 국가 제도를 향한 과감한 개입과 논쟁 학술 연구에 머물지 않고 국제일본문화연구센터(일문연) 소장 등 공적 직책을 거치며 현실 사회 비평에 빈번히 나섰다
. 2000년 교육개改革국민회의 위원 시절 “아이들을 엄격하게 길들일(飼い馴らす) 필요가 있다”는 과격한 표현으로 논란을 빚었으며 , 2013년에는 《신초 45(新潮45)》를 통해 당시 나루히토 황태자에게 양위를 권고하는 글(〈황태자 전하, 퇴위하십시오〉)을 발표해 일본 사회와 보수·진보 양측에 거대한 파장을 일으켰다 . 또한 옴진리교의 사회적 갈등 국면에서 세속 법치를 경시하는 듯한 대담 발언을 남기는 등 , 현실 종교와 권력의 경계선에서 거침없는 도발적 문제 제기를 이어갔다.
평가와 비판적 고찰
야마오리 데쓰오의 학문과 사상은 교조적인 서구 중심 학문 틀에서 벗어나, 인간의 생리적 체험(임사·질병·노화)과 지역적 풍토가 빚어낸 심성을 독창적으로 결합했다는 점에서 높은 대중성과 감수성을 확보했다
그러나 세계주의적 시각과 엄밀한 사회학적·종교학적 잣대로 볼 때 그의 사상은 다음과 같은 뚜렷한 한계와 맹점을 노출한다.
본질주의적 ‘일본문화론(Nihonjinron)’의 재현: 그의 ‘다신교 우위론’이나 ‘팍스 야포니카’ 개념은 근대 이후 반복되어 온 전형적인 오리엔탈리즘의 역전, 즉 일본 특수주의 담론에 갇혀 있다
. 일신교를 단지 ‘사막의 배타적 폭력성’으로 단순화하고 다신교를 ‘자연 친화적 관용’으로 도식화하는 이분법은, 역사적으로 다신교 사회 내부에서 자행된 억압과 폭력, 그리고 일신교 내부의 다원적 발전 궤적을 거칠게 탈색시킨 비역사적 일반화에 가깝다. 국가주의적 화합 담론과 내적 억압의 은폐: 헤이안 시대와 에도 시대를 ‘평화의 시대(팍스 야포니카)’로 이상화하는 시각은, 그 체제를 유지하기 위해 하층 민중과 피차별 계급(부라쿠민 등)에게 가해졌던 구조적 폭력과 착취, 신분제의 엄혹함을 간과한다
. 국가의 대외적 전쟁 부재를 곧바로 ‘심성의 평화로움’으로 환치하는 논리는 지배 체제의 안정성을 미화하는 내셔널리즘적 수사로 귀결되기 쉽다. 초월적 낭만주의와 근대 시민사회의 법치 경시: 교육 현장에서 아이들을 ‘길들여야 한다’고 발언하거나
, 옴진리교를 두고 ‘종교집단은 세속 법률을 무시할 수도 있다’는 식의 태도를 취한 것은 , 종교적 비일상성과 초월성을 빌미로 근대 민주주의의 기본권과 법치주의 질서를 안이하게 상대화한 위험한 지적 방종이라는 비판을 면하기 어렵다.
결론적으로 야마오리 데쓰오는 신체성과 일본 민속의 심층을 읽어내는 데 탁월한 문학적·직관적 통찰을 보여주었으나, 문명과 사회를 논하는 영역에서는 일본 중심의 낭만적 특수주의와 문명 이분법의 덫에 머무른 보수적 문명평론가의 면모를 짙게 공유하고 있다.
山折哲雄(야마오리 데쓰오)의 삶과 사상 — 중요한 주제들을 중심으로 한 설명과 평론
야마오리 데쓰오(山折哲雄, 1931– )를 한마디로 규정한다면, 그는 <종교를 교리나 교단의 문제가 아니라 인간이 죽음·상실·자연·몸을 어떻게 받아들이는가의 문제로 연구한 일본의 대표적인 종교학자>라고 할 수 있습니다.
첨부하신 자료만 보더라도 그의 저술은 <죽음>, <일본인의 종교감각>, <불교>, <몸>, <고독>, <무상>, <미야자와 겐지>, <신과 자연>, <노년>으로 끊임없이 되돌아갑니다. 이것은 여러 주제를 잡다하게 다룬 것이 아니라, 사실상 하나의 질문을 평생 여러 방향에서 탐구한 것으로 보입니다.
“현대인은 죽음을 어떻게 받아들이고, 유한한 존재로서 어떻게 살아갈 것인가?”
이 질문을 중심으로 그의 삶과 사상의 핵심을 일곱 가지로 나누어 살펴보겠습니다.
1. 죽음은 그의 종교학의 출발점이었다
야마오리의 사상에서 가장 중요한 주제는 단연 <죽음(死)>입니다.
그것은 단순한 학문적 관심에서 시작되지 않았습니다. 대학생 시절 십이지장궤양으로 대량 출혈을 하면서 죽음에 가까운 경험을 했고, 이 과정에서 자신의 종래 세계관이 크게 흔들렸다고 회고합니다. 그 이전에는 죽으면 모든 것이 끝난다는 근대적·합리주의적 무신론에 가까웠지만, 죽음의 체험 이후에는 “사후 세계를 상상하는 것이 인간의 삶을 오히려 풍요롭게 할 수 있다”고 생각하게 되었다고 합니다. 山折哲雄 - Wikipedia
이 체험은 이후 그의 저서 제목만 보아도 일관되게 나타납니다.
<死の民俗学 日本人の死生観と葬送儀礼>(죽음의 민속학),
<生と死のコスモグラフィー>(삶과 죽음의 코스모그래피),
<死を想う>(죽음을 생각하다),
<日本人と「死の準備」>(일본인과 ‘죽음의 준비’),
<死を思えば生が見える>(죽음을 생각하면 삶이 보인다),
<わが忘れえぬ人びと>,
<ブッダに学ぶ老いと死>(붓다에게 배우는 늙음과 죽음) 등이 이어집니다. 山折哲雄 - Wikipedia
평론
이 점에서 야마오리는 서구의 근대적 종교학과 상당히 다릅니다.
근대 종교학은 흔히 “신은 존재하는가”, “종교는 어떻게 발생했는가”, “교리가 무엇인가”를 묻습니다. 야마오리는 훨씬 더 인간학적인 질문을 합니다.
“사람은 어떻게 죽음을 견디는가?”
그에게 종교는 죽음에 대한 해답이라기보다 <죽음을 받아들일 수 있게 하는 상상력과 의례>입니다.
이것은 매우 강력한 관점입니다. 그러나 동시에 위험도 있습니다. 죽음을 지나치게 문화적·종교적 의미의 문제로 접근하면 현대의 죽음을 만들어내는 의료제도, 전쟁, 빈곤, 고립 같은 사회구조적 조건이 뒷전으로 밀릴 수 있습니다.
그의 종교학은 <죽음을 받아들이는 인간>에는 매우 깊지만, <어떤 죽음은 왜 사회적으로 강요되는가>라는 질문에는 상대적으로 약합니다.
2. 그는 ‘종교’를 교단보다 <종교감각>에서 찾는다
야마오리의 두 번째 특징은 종교를 조직이나 교리에서 찾기보다 인간의 <감각과 심성>에서 찾는다는 것입니다.
자료의 <宗教観・世界観> 부분에는 그가 일본인의 종교적 세계를 자연, 신불(神仏), 죽음, 조상, 영혼의 감각을 통해 이해하려 했다는 점이 잘 나타납니다. 山折哲雄 - Wikipedia
대표적인 책 제목도 이를 보여줍니다.
<日本人の霊魂観>(일본인의 영혼관),
<日本人の宗教意識>(일본인의 종교의식),
<日本人の心情 その根底を探る>(일본인의 심정, 그 근저를 탐구하다),
<日本人の宗教感覚>(일본인의 종교감각),
<日本のこころ、日本人のこころ>,
<義理と人情>(의리와 인정) 등이 있습니다. 山折哲雄 - Wikipedia
여기서 그의 중요한 통찰이 나옵니다.
일본인은 스스로 “무종교”이라고 말할 수 있지만, 실제 생활에서는 묘를 방문하고, 조상을 기리고, 정월에는 신사에 가고, 장례는 불교식으로 하며, 산과 나무와 장소에서 신성성을 느낍니다.
즉,
<무종교>과 <비종교적>은 같은 말이 아니다.
야마오리는 일본 사회를 이해하려면 제도화된 종교보다 이런 <생활 속의 종교감각>을 보아야 한다고 생각합니다.
평론
이 접근은 매우 설득력이 있습니다.
특히 동아시아를 서구의 “교회에 다니는가/신을 믿는가”라는 기준으로 측정하면 종교의 상당 부분을 놓치게 됩니다.
한국의 제사, 성묘, 굿, 조상관념을 생각해도 비슷합니다. 공식적인 종교 정체성과 실제 세계관은 반드시 일치하지 않습니다.
그러나 여기에도 문제가 있습니다.
야마오리는 자주 <日本人の心>(일본인의 마음), <日本人の宗教感覚>(일본인의 종교감각)이라는 표현을 사용하는데, 이렇게 되면 수천만 명의 다양한 일본인을 하나의 정신적 유형으로 묶는 <일본인론(日本人論)>으로 미끄러질 위험이 있습니다.
“일본인은 원래 자연을 사랑한다”, “일본인은 다신교적이다”라는 식으로 가면 역사적 변화와 계급·지역·성별·세대 차이가 사라질 수 있습니다.
따라서 그의 설명은 <일본인의 본질>이라기보다 <일본 문화에서 반복적으로 나타나는 하나의 강력한 종교적 경향>이라고 읽는 것이 더 타당합니다.
3. <몸(身体)>을 종교의 중심에 놓았다
야마오리 사상에서 매우 중요한 세 번째 주제는 <몸>입니다.
그의 초기 연구부터
<日本人の霊魂観 鎮魂と禁欲の精神史>,
<神と翁の民俗学>,
<空と日本人>,
<身体の哲学>
등 몸과 영혼, 수행, 죽음의 관계가 반복됩니다. 山折哲雄 - Wikipedia
야마오리는 종교를 머릿속의 믿음으로만 보지 않습니다.
걷기, 앉기, 절하기, 단식하기, 장례를 치르기, 산에 오르기, 순례하기처럼 <몸으로 행하는 것> 속에 종교가 있다고 봅니다.
여기에는 일본불교의 수행문화, 산악신앙(修験道), 좌선, 순례에 대한 그의 관심이 연결됩니다.
평론
이 부분은 야마오리 사상의 가장 현대적인 측면 가운데 하나라고 생각합니다.
근대 이후 종교는 흔히 “무엇을 믿느냐”의 문제로 축소되었습니다. 그러나 실제 인간의 종교생활은 몸, 공간, 반복, 의례를 통해 형성됩니다.
퀘이커의 침묵예배를 생각해도 비슷합니다.
침묵은 하나의 <교리>라기보다 몸을 움직이지 않고 함께 기다리는 <실천>입니다. 그 상태에서 내면의 주의(attentiveness)가 형성됩니다.
이런 의미에서 야마오리는 종교를 <belief>보다 <practice>에 가까운 것으로 이해합니다.
4. 자연과 신성 — 일본 종교의 ‘신과 자연 사이’
그는 일본 종교에서 자연을 매우 중요하게 봅니다.
자료에는 열대림에서 형성된 다신교적 세계와 사막에서 형성된 일신교적 세계를 대비시키는 그의 논의가 소개되어 있습니다. 山折哲雄 - Wikipedia
이것은 야마오리 사상에서 반복되는 하나의 큰 그림입니다.
사막 → 초월적 유일신
숲과 산 → 자연 속에 깃든 다수의 신들
일본의 신도와 불교가 결합한 종교세계를 그는 후자의 전형으로 봅니다.
따라서 인간과 자연, 신과 자연 사이에 서구적 이분법이 상대적으로 약했다고 봅니다.
평론
이 해석은 직관적으로 매우 매력적이지만 그의 사상 가운데 가장 조심해서 읽어야 할 부분이기도 합니다.
<사막 = 유일신교>, <숲 = 다신교>라는 도식은 설명력이 있는 만큼 지나치게 단순화될 수 있습니다.
중동에도 오랜 농경·도시문화가 있었고, 일본 역시 자연을 파괴하면서 산업화를 수행했습니다. 자연환경이 곧바로 종교형태를 결정한다고 볼 수는 없습니다.
따라서 이것은 역사적 법칙이라기보다 <문명 비교를 위한 하나의 은유적 모델>로 받아들이는 편이 적절합니다.
5. 무상(無常), 고독, 늙음 — 후기 사상의 중심
나이가 들수록 야마오리의 관심은 조금씩 바뀝니다.
젊은 시절의 질문이
“인간은 왜 종교를 만드는가?”
였다면 후기에는
“사람은 어떻게 늙고 혼자 남고 죽어갈 것인가?”
라는 질문이 전면에 나옵니다.
후기 저서를 보면 이것이 아주 분명합니다.
<ひとり達人のススメ>(혼자 사는 달인의 권유),
<老いと孤独の作法>(늙음과 고독의 작법),
<ひとりの覚悟>(혼자의 각오),
<無常ということ>,
<生老病死>,
<ブッダに学ぶ老いと死> 등이 이어집니다. 山折哲雄 - Wikipedia
여기에서 야마오리는 노년을 단순한 쇠퇴로 보지 않습니다.
젊음 → 성공 → 생산 → 확장
이라는 현대사회의 가치체계에서 벗어나,
축소 → 이별 → 고독 → 죽음
역시 인간 생애의 정상적인 일부라고 봅니다.
평론
저는 이것이 야마오리 사상의 가장 설득력 있는 부분 가운데 하나라고 봅니다.
현대사회는 노년을 거의 전적으로 <문제>로 다룹니다.
건강을 유지해야 하고,
기억력을 유지해야 하고,
사회활동을 계속해야 하고,
젊어 보여야 합니다.
그러나 야마오리는 질문을 뒤집습니다.
쇠퇴하지 않는 것이 좋은 삶인가?
불교의 <생로병사(生老病死)>라는 관점에서 보면 늙음과 병과 죽음은 삶의 실패가 아닙니다.
그렇지만 여기에서도 주의해야 합니다.
“고독을 받아들이라”는 철학은 스스로 선택할 수 있는 고독에는 의미가 있지만, 돌봄의 부재나 사회적 고립까지 미화해서는 안 됩니다.
<고독의 수용>과 <사회의 돌봄 책임>은 서로 대체할 수 없는 문제입니다.
6. 미야자와 겐지와 ‘구원 없는 종교성’
야마오리가 미야자와 겐지(宮沢賢治, 미야자와 겐지)를 여러 차례 다룬 것도 우연이 아닙니다.
자료에
<賢治の風光―宮沢賢治の世界>,
<デクノボーになりたい 私の宮沢賢治>,
<宮沢賢治と宗教>
등이 보입니다. 山折哲雄 - Wikipedia
미야자와 겐지는 정통적인 의미의 종교 지도자가 아니면서도 삶 전체를 종교적 질문으로 살아간 사람입니다.
고통,
자기희생,
자연,
우주,
타자의 행복,
죽음
이 그의 문학 안에서 하나로 연결됩니다.
이 때문에 야마오리에게 겐지는 <교단에 속하지 않는 종교성>의 중요한 모델이 됩니다.
여기에서 야마오리가 이해하는 종교의 본질이 다시 보입니다.
종교는 반드시
“나는 이것을 믿는다”
라고 선언하는 데 있는 것이 아니라,
“나는 타자의 고통 앞에서 어떤 인간이 될 것인가”
라는 삶의 태도 속에 있을 수 있다는 것입니다.
7. 그의 사상을 관통하는 가장 깊은 주제 — <유한성을 받아들이는 인간>
지금까지의 주제를 하나로 모으면 야마오리의 종교철학은 결국 <인간의 유한성>에 관한 철학이라고 할 수 있습니다.
인간은 죽습니다.
몸은 쇠합니다.
사랑하는 사람과 헤어집니다.
혼자가 됩니다.
자연 앞에서 작아집니다.
이 사실을 없애주는 것이 종교가 아닙니다.
오히려 야마오리에게 종교란
그러한 사실을 피하지 않고 살아갈 수 있도록 인간의 마음과 몸을 준비시키는 문화적 지혜
에 가깝습니다.
그래서 그의 저술에서
죽음
장례
영혼
자연
신불
고독
노년
무상
이라는 말들이 계속 되풀이됩니다.
겉으로 보면 서로 다른 주제지만 실제로는 모두 같은 질문입니다.
<사라질 존재인 인간은 어떻게 살아야 하는가?>
야마오리 데쓰오의 사상을 어떻게 평가할 것인가
제가 보기에 그의 사상에는 아주 뚜렷한 장점과 한계가 함께 있습니다.
가장 큰 장점은 <종교를 인간의 실제 삶으로 되돌렸다는 것>입니다. 종교를 교리와 신학에서 끌어내어 몸, 죽음, 장례, 자연, 노년, 고독의 문제로 옮겼습니다.
또한 “무종교 사회 일본”이라는 단순한 설명을 넘어 일본인들의 생활 속에 남아 있는 조상·죽음·자연·신성의 감각을 발견했습니다.
반면 세 가지 문제는 남습니다.
첫째, <일본인>이라는 말을 지나치게 크게 사용합니다. 일본 사회 내부의 다양성과 갈등이 충분히 드러나지 않는 경우가 있습니다.
둘째, 자연과 문명의 관계를 설명할 때 <사막적 유일신교 대 삼림적 다신교>처럼 지나치게 큰 문명론적 도식을 사용할 때가 있습니다.
셋째, 인간의 죽음과 고통을 존재론적으로 깊게 다루는 데 비해, 죽음과 고통을 만들어내는 정치·경제·사회구조에는 상대적으로 관심이 적습니다.
이 때문에 야마오리의 종교학은 <해방의 종교학>이라기보다는 <유한성의 종교학>이라고 부르는 것이 더 정확해 보입니다.
제가 보는 야마오리 사상의 가장 중요한 한 문장
야마오리의 수많은 저작을 하나로 줄인다면 저는 이렇게 정리하고 싶습니다.
<종교란 인간을 죽지 않게 해주는 것이 아니라, 죽을 존재라는 사실을 받아들이면서도 살아갈 수 있게 해주는 지혜이다.>
그리고 이 점에서 야마오리는 단순한 <일본 종교 연구자>를 넘어섭니다.
그가 평생 다룬 질문은 매우 보편적입니다.
“죽음이 사라지지 않는다면 우리는 어떻게 살아야 하는가?”
그는 그 답을 교리에서보다 <몸>, <자연>, <기억>, <의례>, <고독>, <무상> 속에서 찾으려 했던 사상가라고 평가할 수 있습니다.
첨부하신 자료에서도 초기의 <일본인의 영혼관>, <죽음의 민속학>에서 후기의 <생로병사>, <늙음과 고독의 작법>, <붓다에게 배우는 늙음과 죽음>에 이르기까지 이 문제의식이 50년 이상 일관되게 이어지고 있음을 확인할 수 있습니다. 山折哲雄 - Wikipedia
다음으로 이어서 살펴보면 특히 흥미로운 것은 <山折哲雄의 종교론과 오강남의 ‘심층종교’를 비교하면 무엇이 같고 무엇이 다른가>입니다. 두 사람 모두 제도종교를 넘어가지만, 야마오리는 <죽음·몸·무상>에서 출발하고 오강남은 <깨달음·의식의 전환>에서 출발한다는 차이가 꽤 큽니다.
<山折哲雄의 종교론과 오강남의 ‘심층종교’ 비교>
두 사람은 상당히 가까운 곳에서 출발합니다. 둘 다 종교를 교단·교리·신앙고백에만 가두지 않고, 인간 존재의 더 깊은 차원을 찾으려 합니다. 그러나 끝까지 따라가 보면 강조점은 꽤 다릅니다.
야마오리 데쓰오(山折哲雄)는 <죽음·몸·무상·자연·의례>에서 출발하고, 오강남은 <깨달음·의식의 변화·종교의 내면적 깊이>에서 출발합니다. 이 차이가 두 사람의 종교론 전체를 갈라놓습니다.
| 항목 | 山折哲雄 | 오강남 |
|---|---|---|
| 출발점 | 죽음, 몸, 장례, 자연, 노년 | 의식, 깨달음, 종교의 깊이 |
| 종교의 핵심 | 인간의 유한성을 받아들이는 지혜 | 표층적 신앙을 넘어 존재의 깊이에 이르는 길 |
| 주요 관심 | 일본인의 종교감각, 죽음, 무상, 자연 | 종교 간 대화, 심층종교, 깨달음 |
| 종교 이해 방식 | 생활·의례·몸의 종교 | 의식·내면·영성의 종교 |
| 대표적 질문 | “죽을 존재인 인간은 어떻게 사는가?” | “종교는 인간을 어떻게 더 깊은 존재로 변화시키는가?” |
| 강점 | 죽음과 일상의 종교성을 구체적으로 포착 | 종교 간 공통 심층을 설명하는 데 강함 |
| 위험 | 일본인론·문화본질주의로 흐를 수 있음 | 사회구조와 역사적 고통을 내면화할 위험 |
첨부하신 야마오리 자료에서도 그의 저술은 <죽음의 민속학>, <일본인의 종교감각>, <생과 사>, <무상>, <노년과 고독>, <붓다에게 배우는 늙음과 죽음>으로 이어집니다. 즉 그의 중심축은 매우 일관되게 <죽음과 유한성>입니다. 山折哲雄 - Wikipedia
오강남의 <심층종교>는 그와 다르게 종교를 크게 두 층으로 나눕니다. 표층종교는 교리, 문자주의, 집단정체성, 외적 규범에 머무는 종교이고, 심층종교는 자아중심성을 넘어 존재의 더 깊은 차원을 체험하는 종교입니다. 그래서 오강남에게 중요한 질문은 “무엇을 믿는가?”보다 “그 믿음이 인간을 어떻게 변화시키는가?”입니다.
두 사람의 공통점은 분명합니다.
첫째, 둘 다 <제도종교 중심주의>를 넘으려 합니다. 종교는 교회·사찰·교단에 가입했느냐의 문제가 아니라고 봅니다.
둘째, 문자 그대로의 교리를 절대화하는 태도를 경계합니다. 종교의 진실은 교리의 정확한 소유보다 인간이 어떻게 살아가느냐에 나타난다고 봅니다.
셋째, 종교를 인간의 변형과 연결합니다. 종교가 단순한 지식이나 소속이 아니라 삶의 방식이어야 한다는 점에서 둘은 상당히 가깝습니다.
그러나 차이는 더 중요합니다.
가장 큰 차이는 <깊이의 방향>입니다.
오강남에게 깊이는 주로 <내면의 방향>입니다. 인간의 자아가 표층적 욕망과 분별을 넘어 더 근원적인 차원으로 들어가는 것이 중요합니다. 불교의 깨달음, 도교의 무위, 기독교 신비주의, 힌두교의 자아 초월 같은 전통을 서로 비교할 수 있는 이유도 여기에 있습니다.
반면 야마오리에게 깊이는 반드시 내면으로만 향하지 않습니다. 오히려 <몸과 죽음과 의례와 자연>로 향합니다.
죽음을 맞이하는 방식, 장례를 치르는 방식, 조상을 기억하는 방식, 몸으로 절하고 걷고 순례하는 방식 속에서 인간의 종교성이 드러난다고 봅니다.
그래서 매우 간단히 말하면,
오강남은 “종교는 얼마나 깊이 깨닫게 하는가?”를 묻고,
야마오리는 “종교는 죽음과 상실을 어떻게 견디게 하는가?”를 묻습니다.
또 하나의 차이는 <비교종교와 문화종교학>입니다.
오강남은 여러 종교 전통을 가로질러 공통의 심층을 찾으려는 경향이 강합니다. 기독교, 불교, 도교, 힌두교에서 겉모습은 달라도 인간의 자기초월이라는 공통성을 찾습니다.
야마오리는 반대로 <일본이라는 구체적인 문화>에 훨씬 깊이 파고듭니다. 일본인의 죽음관, 영혼관, 조상숭배, 신불습합, 자연관 같은 것을 통해 종교를 이해합니다. 첨부 자료에도 <일본인의 영혼관>, <일본인의 종교의식>, <일본인의 종교감각> 같은 저서가 반복적으로 등장합니다. 山折哲雄 - Wikipedia
이 점에서 오강남은 더 <보편주의적>이고, 야마오리는 더 <문화인류학적>이라고 할 수 있습니다.
하지만 두 사람 모두에게 공통되는 중요한 한계가 있습니다.
바로 <종교의 사회적·정치적 차원이 약해질 위험>입니다.
오강남의 심층종교는 인간의 의식 변화와 자기초월을 강조합니다. 이것은 종교의 중요한 측면입니다. 그러나 “깊이 깨달은 사람”이 반드시 불의한 사회구조에 맞서 행동하는 것은 아닙니다.
야마오리도 마찬가지입니다. 죽음과 무상, 고독을 받아들이는 지혜는 중요하지만, 인간의 고통에는 개인이 받아들여야 할 고통만 있는 것이 아닙니다. 가난, 전쟁, 차별, 착취, 국가폭력처럼 <없애야 할 고통>도 있습니다.
그래서 두 사람 모두에게 다음 질문이 필요합니다.
“내면적 깊이와 죽음의 수용은 사회적 불의 앞에서 어떤 행동으로 이어지는가?”
이 질문을 넣으면 두 사람의 종교론은 해방신학, 민중신학, 참여불교(Engaged Buddhism), 퀘이커의 평화·사회정의 전통과 만나게 됩니다.
여기에서 이전에 말씀하셨던 <표층종교 대 심층종교보다 아편종교 대 해방종교가 더 근본적인 구분 아닌가>라는 문제의식과 직접 연결됩니다.
그 관점에서 보면 오강남은 <깊이>를 묻고, 야마오리는 <유한성>을 묻지만, 제3의 질문이 추가되어야 합니다.
<그 종교가 인간을 자유롭게 하는가, 아니면 현실의 고통을 견디게만 하는가?>
이 질문을 넣으면 세 가지 차원을 구분할 수 있습니다.
<표층 ↔ 심층>은 의식과 영성의 차원이고,
<죽음의 부정 ↔ 죽음의 수용>은 실존의 차원이며,
<억압 ↔ 해방>은 역사와 사회의 차원입니다.
이 세 축은 서로 대체할 수 없습니다.
따라서 저는 야마오리와 오강남을 대립시키기보다 이렇게 배치하는 것이 가장 생산적이라고 봅니다.
오강남: <깊이 있는 인간이 되는 법>
山折哲雄: <유한한 인간으로 사는 법>
해방종교 전통: <타인의 고통과 불의 앞에서 책임지는 법>
좋은 종교라면 결국 이 세 가지를 함께 물어야 합니다.
<나는 얼마나 깊이 변화되었는가?>
<나는 죽음과 상실을 어떻게 받아들이는가?>
<나는 타인의 고통과 사회적 불의에 어떻게 응답하는가?>
이 세 질문을 함께 놓을 때 오강남의 <심층종교>도, 야마오리의 <죽음과 무상의 종교학>도 각각의 강점과 한계가 더 선명해집니다.