2023/06/24

八木誠一氏の思想 「統合体の哲学」のあらたなる構築に向けて

 八木誠一氏の思想

「統合体の哲学」のあらたなる構築に向けて

田中 裕

はじめに

八木誠一先生のご発表の要旨は

一、 新約聖書は何を語っているか(新約聖書学)

二、 それを現代人に通じるように言い表したらどうなるか(宗教哲学あるいは哲学的神学)

三、 新約聖書が示すあり方に到達するためにはどうしたらよいか(実践論)

の三部分からなる。最近著『創造的空への道』、さらに「私の仕事について」で参考文献として示された八木先生の半世紀にわたる著作群を手引きとして、上記の三つの視点からの先生のお仕事について回顧しつつ、それが将来に対して有する意義を語られた。

八木誠一先生(以下敬称省略)のお仕事は、新約聖書のテキスト釈義を母体としつつ、言語 / 思惟以前の直接経験にねざす宗教哲学として展開されたが、その研究発表の一つの重要な場が、東西宗教交流学会(The Japan Society for Buddhist-Christian Studies)であった(1)。 仏教者とキリスト者との霊性交流と宗教哲学的な対話をめざして、一九八二年に設立されたこの学会に私が入会したのは一九八五年であったが、その年の大会テーマは「仏教とキリスト教の接点」であり、講演者の西谷啓治を囲んで二日間にわたる集中討議がおこなわれた。西谷啓治の講演でいまでも鮮明に記憶に残っているものがいくつかある。

一つは「個人・共同体・世界」の三つの視点から仏教とキリスト教の接点を考察する必要性の指摘である。三十四年の歳月を経過した後で改めて西谷の言葉を回顧して再認識したことは、仏教とキリスト教という二つの世界宗教に共通する宗教的実存の構造を分析する場合、個別・特殊・普遍の三者を不可分な統一をなすものとして、それらの相互媒介・相互内在の構造を動態論的に考察する事の重要性であった。

もう一つは、「親鸞の〈二双四重の教判〉以後、日本の仏教者が〈教相判釈〉をしなくなったのはなぜか?」という西谷の問であった。宗教間対話で云うinclusivism(包括主義)の大乗仏教的形態として「教相判釈」があり、ただ一つの選択された自らの宗教的立場を真実なるものとしつつも、他の諸宗派を端的な虚偽として斥ける排他主義(exclusivism)を採択せずに、真実なる教えに導く暫定的な教え(方便)、あるいは部分的に真理を証する教えとして位置づける立場である。雑多な諸宗教・諸宗派が世俗化し形骸と化した現代にあって、包括的な統合的真理への問いに、日本仏教ももう一度立ち返るべきではないかとの問いかけがそこにあったと思う。

更に、西谷は「心田を耕す」という表現で、農夫が田を耕し、種子を蒔き、稲の成長を見守り結実を待つこころで仏教を受容した日本人の心に言及された。仏教もかつてはキリスト教と同じように外来の宗教であったが、土着の民の宗教心を排除せずにそれらを摂取し、日本文化の形成に大きく貢献した。普遍的な世界宗教の「文化内開化」という問題は、大乗仏教に限らずキリスト教にとっても大切な問題であることはいうまでもない。

東西宗教交流学会とともに私が三十年以上にわたって続けているもう一つの学会活動は、日本ホワイトヘッド・プロセス学会である。この学会の初代会長の山崎正一は當時、駒場の大学院の比較哲学演習で、午前中にカントの『純粋理性批判』、午後に道元の『正法眼蔵』をテキストにしていた。谷中興禅寺の住職であると同時に日本哲学会会長でもあった山崎は、「随聞記」の校訂注釈の仕事をしており、その『正法眼蔵』読解は、臨済宗や曹洞宗というごとき宗派の区別を越えるだけでなく、さらに東洋と西洋の思想的区別を越えた普遍的な文明論の視点から道元を論ずるものであった。山崎のカント解釈ないし批判も同様であって、従来の日本で支配的であった講壇的なカント解釈よりも、ジョン・ロックに始まる英国の経験論の伝統を―平明な言葉で事柄に即して語る哲学でありながらも伝統的権威を批判する根源性を内に秘めているものとして―評価するものであった。

私は、「人間とは何か?」という問いに真・善・美の三つの価値を統合するカントの根本姿勢には共感を覚えたが、カント哲学そのものは「単なる理性の限界」のなかでのみ宗教を語る点に、宗教哲学として見る限りは不満が残った。それと同時に、数学や理論物理学の研究から哲学に転じたものとして、カントの純粋理性批判のア・プリオリズムは、そのままの形では、とうてい受け入れられるものではなかった。時空の主観的な直観形式と純粋悟性概念が経験世界を構成するが故に、ア・プリオリな総合判断が可能となり、それが純粋数学と物理学を基礎づけるとカントは述べた。その議論はユークリッド幾何学とニュートン物理学、そしてアリストテレスの形式論理学に改訂不可能な普遍妥当性を認めた上で、その認識論的な根拠を問うという議論になっていた。そのため、二十世紀に生じた数学と物理学のパラダイムの根本的な変換に、カントの認識論そのままでは対応できないように思われたのである。カントの議論は、非ユークリッド幾何学を内蔵する相対性理論、非因果的相関を内蔵する量子力学、非アリストテレス的論理を主題とする現代論理学の現場から見直されなければならないと思ったのである。

駒場の大学院では、私にとってもうひとつ大事な出会いがあった。それは非常勤講師として上智大学から東大駒場に出講された栁瀨睦夫の「科学基礎論(量子力学の観測理論)」のセミナーであった。この演習には、おなじく非常勤講師として駒場に出講されていた本郷の哲学科の山本信、そして東大物理学科で栁瀨と同期だった大森荘蔵も参加し、院生達と三人の先生方による白熱した議論が続いたのを覚えている。今になって回想すると、科学・哲学・宗教の三つの領域の交差する場所で仕事をしてきた私は、様々な形で山崎正一、柳瀬睦夫両先生の影響を受けていたことを実感している(2)。

「実在とはなにか」、と言う根本的な問いを回避せずに、分離不可能な全体をテーマにするという考え方、量子論と相対論を統合する(将来の)物理理論の基礎となる実在論はどのようなのとなるか、という問いかけを、私は、栁瀨先生と共有していました。物理学者であると同時にカトリックの司祭でもあった柳瀬には『神のもとの科学―隠された実在論』という遺著があり、そこでは「科学とキリスト教神学」という二つの領域を統合する独自の思想が語られている。

「隠された実在論」とは、私の理解するところでは、「隠れたる神」が―科学・哲学・宗教(無神論者も含む)の立場の違いを超えて―万人にとって共通の実在であるという前提のもとに、科学と宗教の統合をめざして万人に対して開かれた議論をしようという栁瀨の実在論の立場の態度表明であった。そこでは「真か偽か、中間はない」という二値の形式論理を越えて、日常生活に於ける言語の曖昧さないし両義性を許容し、全ての他者とのコミュニケーションの共同体をめざす考え方が重視されている。そして、栁瀬は、スコラ哲学の硬直した形式主義を越えて、理性と神秘の間にたって思惟したトマス・アクイナスの原点に還って、刷新されたトマス的実在論の哲学─そこでは「超自然は自然を破棄せずに完成する」─を自己の哲学の立場としていた。とくに、宇宙に於ける人間の位置を、永遠と時間の中間にある「永在場」と捉えたところにその実在論の特徴があった。『神のもとの科学』には栁瀬の自伝的な回想も含まれているが、そのなかでも広島の原爆をきっかけとして物理学者からカトリック司祭の道を歩むようになった栁瀬のプリンストンでのオッペンハイマーとの交流、またキューバ危機の後に「地上に平和を」という回勅を出したヨハネ 23 世教皇に触れている箇所がある。ヨハネ二三世は第二バチカン公会議を招集され、戦争の危機の時代に於けるカトリック教会の現代的刷新を開始した教皇であった。次いで教皇となったパウロ六世の「我々の時代に Nostra aetate」という宣言はユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教と云った諸宗教の垣根を越えてカトリック教会が宗教間対話の重要性を認めるきっかけとなった。このような諸宗教の立場を越えてすべての地上の人々に開かれた教会こそが、まことに「普遍の教会」の名に相応しいだろう。

科学、藝術、宗教の三つの領域を統合するような哲学というと、そんなものが現代に於いて可能かと問われるかもしれないが、私にとってはそれこそが哲学の名に価するように思われた。京都学派の哲学、とくに場所的論理によって宗教的世界観と現代科学の双方を語る西田幾多郎、「実在の実在的自覚」をいう西谷啓治の「空と即」の哲学もそういう統合を志向したものである。

抽象的観念を現実と取り違えることなく、常に直接経験にたちかえりつつ科学、藝術、宗教のすべての文化的活動を統合することをめざしたホワイトヘッドの哲学は、駒場の大学院での私の研究テーマになったが、それは、彼の著作を読んだときに、岡潔の文化と教育、学問に関する考え方と通底し共鳴し合う言葉がそこにあることに気づいたからでもあった。ホワイトヘッドはまさしく観念を実存に先行させるドイツ観念論の批判を通して、その晩年の哲学を構築したが、そこには次のような分別知の批判がある。

人間の実存(human existence)にとって明晰で、意識的な分別知(clear, conscious discrimination)はひとつの偶有事である。それ(分別知)が我々を人間的にする。しかし、それ(分別知)によって人間が実存するのではない。それ(分別知)は我々の人間性の本質(the essence of our humanity)に属するが、我々の実存の偶有事(an accident of our existence) に過ぎないのである。(「思惟の諸様態」原著、一一六頁)

一九六〇年代に出版された英国の文芸批評家、コリン・ウィルソンの「宗教と反抗人」は、「人間は宗教無くしては完全無欠ではあり得ない」というテーマのもとに書かれた著作であった。彼は、この著作の中で、パスカル、スウェデンボリ、ニューマン枢機卿、キルケゴール、のような宗教者ないし神秘主義者を論じた後で、最終章でホワイトヘッドを「彼自身のヘーゲルとキルケゴールを統合した存在である」ということばで締めくくり、最大級の評価を与えた。ウイルソンはアカデミズムの哲学者ではないが、「実存主義者としてのホワイトヘッド」という観点からホワイトヘッドのテキストを読んだおそらく最初の評者である。意識(された存在)から存在(そのもの)を思惟するのではなく、存在(そのもの)のほうから「意識された存在」を思惟する点で、ホワイトヘッドはサルトルのような大陸の実存主義者よりもはるかに興味深い哲学者であるというウイルソンの洞察は、「実存する」という動的な出来事─ その歴史性、個性、社会性、人格性、そしてすべての範疇の基底にある創造性について─の適切なる哲学的な解釈と説明が行われるならば、基本的に正しいと私は考えている。

一身に於てヘーゲルのような思辨哲学者と、キルケゴールのような実存主義者の両方の生を活きた人物としてのホワイトヘッドは、西田幾多郎に始まる京都学派の哲学者達と共に、私自身が哲学する時に、常に参照すべき基本的な哲学的テキストとなり現在に至っている。

ホワイトヘッドの哲学は、彼自身によって「有機体の哲学」と呼ばれたが、私は、現在では「有機体」の語を避けて「統合体の哲学」という言葉で彼の宇宙論と社会論を語ることにしている。それには様々な理由があるが、ひとつには「有機体」という語では、ホワイトヘッドが、本来云わねばならなかった「形而上学的」含意が十分に表現されないからであり、さらに根本的に云えば、前述のように、「分別知」に人間的「本質」をみとめつつも、我々の実存は人間的本質よりも事柄において先であるという、独特な意味での「実存主義者」としてのホワイトヘッドの重要な一面が捨象されることに気づいたからである。 私の理解するところでは、「対立の一致」が統合学の基本的な思惟様式である。真理は客観性であると同時に主体性でもある。ヘーゲルであると同時にキルケゴールでもあるということーそれこそが肝要である。

「個」を、存在するために他者を必要としないアトムとして実体化する「個別主義」を批判した点に於いて有機体論を説くことは正しいが、「関係の第一義性」を強調するあまり、「個性」を関係性のネットワークに解体する「全体主義」を説くならば─その場合、「全体存在」が自らを越えていく「無限」への開けへの適切なる理解が伴わなければ─「個別主義」とおなじく、対立規定の一方のみを証して他方に暗いドグマに顛落するであろう。さて、「統合体」という言葉は八木誠一の思想を理解する上でのキーワードでもあるので、以下では、あらたなる「統合体の哲学」の構築にむけて議論を続けたい。

ドイツのカッセルで八木の仏教的世界への開眼を促されたヴィリヘルム・グンデルトに「私は良きキリスト者となるために仏教を学んでいる」という言葉がある。つまり仏教とキリスト教を統合して、両者を揚棄する第三の世界宗教を求めるという如きことではなく、仏教という「他者」の伝統と真摯に向き合い,それと対話することによって、キリスト者自身が、キリスト教の中でこれまで自覚されてこなかった自己の伝統の、これまで隠されてきた大切な意味を再発見し、それによってあくまでもキリスト教の伝統の賜物のうちにとどまりつつも、それを創造的かつ主体的に変容して、新たに刷新された意味でキリスト者として生きるということを意味するであろう。

八木誠一の立場には、仏教との対話によって創造的に刷新されたキリスト教を感じると共に、宗教以後の現代人のニヒリズムを「自然体でしかも主体的に」越えていくという兩面が見いだされる。

このように、対話によって相手から影響を受けると云うとき、それが単なる混淆でも模倣でもなく、自己の伝統の創造的刷新となることはいかにして可能であるか、という問題を考えるために、まず、西谷啓治の論文「空と即」に見いだされる仏教的な法界縁起(特に事々無碍)の説明と、それに触発されて書かれた八木誠一の「フロント構造の哲学」について論じたい。ここでの議論は、フロント構造という考え方が、統合体の哲学にとって重要な論点であると同時に、宗教間対話を意味づけるキーワードでもあるということである。

一、西谷啓治の哲学的論攷「空と即」および 八木誠一「フロント構造の哲学」に寄せて

西谷啓治の論文「空と即」(著作集一三巻一一一~一六〇頁)は、一 詩歌に於ける空 二  芭蕉からの一例(連句の考察)三「文」と文法  四 理事無礙のロゴス 五 事々無礙と信の世界 六 根源的な構想力について の六章からなる。

最初の三章は直接経験と言語の問題、とくに詩歌におけることばの使用、とくに芭蕉の俳諧連歌の発句に於ける「切れ字」―切ることによって繋げるー美学的考察を通じつつ、「言と無言、語と默の相互浸透といったところを表現にもたらす力を含む」日本においてとくに洗練の極に達した言語芸術にほかならぬ俳諧連歌の根底にある言葉の働きを考察している。「非連続の連続」あるいは「切ることによって繋げる」ということは「空と即」という論文の主要なるモチーフである。それは「分別的知性」の操作によって言語を対象化して「文法」を語るのではなく、「事実がそもそも〈与えられた〉ものとして現成している場、事実が原本的に、あらゆる反省に先立って、事実自身の「事」として体験されるその現場に帰るという方向」に沿って考察を進め、論理的ないし文法的な構造が成立する以前の直接経験の現場に於いて「言葉がその原本的な姿において自らを示す」場所を解明する。そこは、知性のみならず情意をもそなえた人間の、原本的な自己表現の場であり、「人間の息づかい、息込みや吐息や溜息などが言葉と共に伝わる情意の場でもある。

このような詩歌の言語のはたらきを手引きとして、西谷は「理事無礙のロゴス」の考察に移る。すなわち、事実が与えられて現成している本源のところで事実を言い表そうとすれば、言葉はおのずから詩になり、「文」の脈絡としてのロゴス(理法)を示すと言う意味で、詩作とは、そういう原本的な事実をできるだけ理事無礙的に突き詰めて表現にもたらす営み出逢ったことを確認したうえで、西谷は、次に華厳仏教の四番目の法界縁起である「事々無礙」の考察に移る。

理事無礙の立場は藝術や哲学による語りを可能ならしめる地平を画するが、その立場が可能性の限界に直面したとき、その限界のかなたに開かれるのが、「事々無礙」であること、そして、「宗教というものの根底には事々無礙的な立場が含まれる」と西谷が述べているところに注目したい。

八木誠一「フロント構造の哲学」の冒頭で引用されている「部屋を仕切る壁」が登場するのが、まさに西谷がこの事々無礙の何たるかを説明している箇所である。

西谷の説明の要約

二つの領域A、Bを仕切る限界線は、明確な切断線によって却って相互投射を可能にする。限界線は二つの部屋を仕切る一枚の板に似ている。板がA面に向かっている面xはA室の限界を表示するものとしてB室を代表する。x面はその「本質」において「Aに現れたBの表現」であるといえる。しかし同時にBの表現であるx面はA室の一部としてA室に所属する。Aに現れた限り、「現象」としてはAのものであり、Aの構造契機である。同様なことはその板がB室に向いている面yについてもいえる。…… 裁断が接合でもあること

一般に限界ということには、裁断が接合でもあるという意味が含まれている。そしてその接合は差別されたものの相互投射とか相互浸透とさきに呼んだような聯関として成りたつのである。

回互性ということ

上のような関係の構造を西谷は「回互(えご)的」と呼ぶ。回互的な相互聯関の場合に重要なことは、一つには本質的にAに属するものがBのうちに自らをうつす(映す、移す)とか投射するとかして現象する時、それがBのうちでAと

、、して現象するのではなく、Bの一部として現象するということである。言い方を変えれば、A「体」がA「体」へ自らを伝達するとき、それはA「相」においてではなくB「相」で伝達される。西谷の云う「回互性」のもつ分与と分有の構造

西谷の議論を検討するために、回互性の説明に出てくる動詞的表現(分与と分有)に着目し、この議論をを以下の四点に整理する。(1)Aは自らをBへB相で分与(mitteilen)し、(2)BもAからそれをB相で分有(teilhaben)する。(3)これがBへの自己伝達というAの「用」である。

(4)Bの側からのAへの伝達においても同様である。

西谷による上記の図解の問題点

部屋の仕切り、ないし壁の譬えによる回互性の説明では、力動的な関係(mitteilen/teilhabenという動詞の意味することがら)を成立させる時間性が捨象されているところに問題が残る。

この説明では、二つの部屋の仕切りという静的な空間的イメージに依拠したために、Aの側の壁面が、Aの一部として別室のBを表現するという事態が説明できていない。Aの内部にいるものは、壁面のむこう側の部屋Bが如何なるものであるかを「壁」を媒介として認識することは出来ず、それどころか部屋 B があることさえ認識できないであろう。この図解では、部屋Aも部屋 B も「壁に閉ざされた窓なきモナド」になってしまうことが問題である。

時間というあらたなる次元を導入すべき事

空間的イメージだけに依拠する説明の問題点とは、分与と分有を交互に行う部屋Aと部屋Bを二つの主語的基体として語るために、A、Bともに、動詞的な関係性が成立する以前にすでに存在している主語的実体として扱われていることである。空間的イメージに依拠した静的な説明を動的に理解するために、時間という新たなる次元を「空と即」のロゴスに導入しなければならない。

二、フロント構造のダイナミズム

実在性(reality)と現実態/活動態(actuality) の区別と関係

ホワイトヘッドの『プロセスと実在』でいう「プロセ

ス」とは、それ自身が現実態/活動態である(the process 

is itself the actuality)。ここでいうプロセスは、運動変化(キネーシス)と現実態/活動態を明確に区別したアリストテレスの形而上学θ巻の議論を踏まえて語っている。アリストテレスは、たとえば「見る」という働きを分析して、「見た」ことが直ちに「見ている」ことと合致すること、完了態が同時に活動態であるような「働き」をエネルゲイアと呼んだ。キネーシス(運動變化)はこれとは違って、過程のどの箇所をとっても完了ということがあり得ず、運動の終点ないし目的点(テロス)に達したときにのみその運動が完了する。ところで、ホワイトヘッドが言うプロセスとは、そのように目的に達するまでの「過程」を意味するの

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ではなく、完了態と活動態がひとつであるようなエネルゲ

、、イアそのものを意味するのである。このエネルゲイア論は、「完全性」という中世のキリスト教神学で使用された概念の意味を刷新するものである。

プロセス神学と東方キリスト教神学の統合

チャールズ・ハーツホーンをはじめとする米国のプロセス神学者は、アンセルムスの本体論的な神の存在証明でおなじみの「完全性の論理」を動的に刷新しようとした。彼等は、「それよりも大いなるものが存在しないもの」という完全性の定義を変更し、「神は神以外の如何なるものによっても凌駕されることはないが、神は神自身によって凌駕されることが可能である」という考え方、すなわち時間的世界の影響を受けて、神自身も嘗ての自己自身を乗り越えて、さらに大いなるものとなるというあたらしい考え方をしめした(3)。西方教会の神学的伝統では、完全性は静的に把握されるので、これを「完成された完全性(perfected perfection)」と特徴付けることが出来よう。これに対して、動的プロセスを重視する東方教会の霊性の伝統では、「完成しつつある完全性(perfecting perfection)」が強調される(4)。 

しかし、私の理解するところでは、

(1)ホワイトヘッドが神について語っていることは、いかに価値なきものにみえようとも、一切の有限なる「活動的存在(actual entity)」の生成のプロセスにもそのままあてはまるということに注意しなければならない。そして、(2)「プロセスがそのままエネルゲイアである」という思想のもっともラディカルな点は、「完成された完全性」が即ち「完成しつつある完全性である」という所に求めら

、れなければならない

、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、完全性を永遠に実現できない理想として、我々の一歩一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、歩の努力目標となるという考え方を根本的に転換し、我々、、、、、、、、、、、 、、、、 、、、、、、、、、の一歩一歩のプロセスが、そのまま「既に実現された完全、 、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、性」を含み、なおかつそれが常に新たなる完全性(自己超 越的な完全性(、、、、、、)self-surpassing perfection)を目指すダイナミ(、、、、、、、、、)、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、ズムを形成すると考えること、これこそがホワイトヘッド、 、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、の「統合体の哲学」におけるプロセスの概念の根本的な思

、、、、5 想である。

三、「統合体の哲学」に於ける場所的論理

場所論的思惟は、ホワイトヘッドの哲学においても中心的な役割を果たしている。それは、彼のエネルゲイアとしてのプロセス論では、次のように定式化されている。

「有」の本性には、それが一切の「生成」のための潜在的な力であることが属している。(It belongs to the nature of a “being” that it is a potential for every “becom-

ing’)(「過程と実在」原著、二二頁)

、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、これは「相依性の原理(the principle of relativity)」と呼ばれ、『統合体の哲学』のもっとも根本的かつ普遍的な原理である。この原理は、現実的存在の生成のプロセスが、宇宙のありとあらゆる「有」を内在させて成立することを示している。「有」という言葉は、対象的に語ることのできる全ての有(広義の物)をさしている。そのように、あらゆる「有」を内在させることによって、一個の活動的存在(actual entity)が生成するということの意味を、ホワイトヘッドは「・・・に於いて現在する(being present in)」という場所論的な言い方で次のように説明している。

我々は、関連の度合いを、また無視しうる関連を斟酌するならば、あらゆる活動的存在は、あらゆる他の活動的存在の内に現在する(every actual entity is present in every other actual entity)と云わなければならない。統合体の哲学(the philosophy of organism)は、この「他の存在の内に現在する」ということの意味を解明するという課題に従事するものである。」(『過程と実在』原著、五〇頁)

「相依性の原理」は、西谷啓治の「回互性」にもとづく法界縁起の説明、及び八木誠一の「フロント構造の哲学」や「場所論としての宗教哲学」でいう場所の論理を、プロセスをそれ自体エネルゲイアとみなす生成論によって、ダイナミックに語ったものということができよう。

ところで、生成のプロセスに於いて他の一切の有を内在させる「活動的存在」はアリストテレスの云う意味での第一実体ではない。第一実体は「他の如何なる主体 subject の内にない」ことによって規定されているからである。それゆえに、ホワイトヘッドは、「・・・の内に現在する(be present in)」という代わりに、「客体化(objectification)」という表現を選ぶようになる。すなわち「活動的存在Aが他の活動的存在Bのうちに現在する」と言う代わりに、「活動的存在Aが他の活動的存在Bのうちに客体化される」というのである。

その場合、Bの内的なる構成要素の一つに他ならぬAの客体的存在が、「フロント構造の哲学」で云う、「Bの内なるAのフロント」であり、「空と即」の回互性のロゴスで云うならば、「B相のもとで伝達されたAの体」であり、その自己伝達のはたらき(分与/分有)が、ホワイトヘッドの云うobjectification に該当するであろう。

ここで、読者は次のような疑問を呈するかも知れない。ここでいう自己伝達ないし自己譲与のはたらきは如何なる種類の関係なのか。「生成のプロセス」が「他の一切の有を内に含んで成立する」という場合、そこで云われる関係は如何なる種類の関係なのか。 ホワイトヘッドの哲学は、米国のプロセス神学者によって、「プロセスと関係性の哲学(process-relational philosophy」と呼ばれることがあるが、そこでいう関係とはどういう種類のものであるかを解明しなければなるまい。

外的にして内的、内的にして外的なる関係の論理

(the logic of relatedness)

外的関係説と内的関係説の二つの立場を対比することから始めよう。ここでの要点は、関係の本性を論理的に分析するということが、実在論と観念論という認識論に於ける二つの対立する立場と深く関わっているという事である。

実体は関係に先立つという考え方、すなわち一切の関係抜きで本質的な属性によって実体が定義できると考える立場は、関係というものを実体にとって外的と考える実在論の立場である。

たとえば一本の樹木を我々が見る場合、その樹木は我々によって観察されることとは独立に実在すると考えるならば、その人は、外的関係を前提している。常識は素朴実在論の立場をとるものであるが、物理学の観察可能量(observable)―位置・運動量などーが観察者(observer)なしに実在すると考える科学的実在論も又、観察対象との関係を外的な関係として捉えていると言って良かろう。

これにたいして、関係項は、関係とは独立には実在性を持たないと言う考え方が、内的関係説である。内的関係説には様々なバージョンがあり、また如何なる論理学によってそれを表現するかには異同があるが、ここでは議論を簡略化するために「あるとは知覚されてあることであるesse est percipi = to be is to be perceived」というバークレー流の観念論の定式をとりあげるならば、その立場は、知覚を内的関係として捉えていたことになるだろう。バークリーは、外的世界にある物質的実体を否定したが、その論理は、知覚という関係を、精神に於ける内的な関係として捉えたことに求められる。

ラッセルは、アリストテレス論理学が一つの主語に一つの述語を帰属させる命題を特権視したことを批判した。アリストテレス論理学は、実体と属性を第一義的な存在と考え、関係を付帯性におとしめる存在論への道を開いたために多項関係と多重量化の論理を扱うことが出来なかったからである。これは、ラッセルとホワイトヘッドに共通するアリストテレス批判のポイントである。

ラッセルは、認識論においては、内的関係説に立脚するブラドレーの絶対的観念論とは正反対の立場、すなわち、全面的な外的関係説の立場を採用し、観念論を論駁しようとしたのである。

ラッセルの新実在論は、素朴実在論でもなければ、素粒子を究極的な実在と考える科学的な実在論でもなかったことは注意すべきであろう。それは、命題の主語を実体化する「物のアトミズム」ではなく、個々の要素命題によって記述される個々の事実そのものをアトムとする「事のアトミズム」として展開されたからである。ラッセルによって「論理的原子論の哲学」として定式化された「事のアトミズム」は、「否定的事実(negative fact)」をも事実と見做す点で、実証主義者が依拠するポジティブな事実とは一線を画したが、「事」の諸々のアトム相互の内的な関係性は完全に捨象されたのである。

ラッセルの云う「論理的原子論」は、ライプニッツ的な形容をするならば「窓を持たぬ原子的事実」に依拠するものであった。そのために、個々の「事」が如何にして生成するかという力動的考察も、またその生成において他の「事」と如何に関係するかという活きた関係性の事実にかんする考察も捨象されているのである(6)。

それでは、「プロセスと関係の哲学(process-relational philosophy)」とも特徴付けられるホワイトヘッドの場合は、関係について内的関係説、外的関係説のどちらの見地をとっていたのであろうか。

ホワイトヘッドの「プロセスの哲学」の関係説の一つの特徴は、同一の関係が、関係項の一方にとっては外的であるが、それと同時に他方にとっては内的であるという考え方を採用しているという事である。

この独特の関係説から、たとえばバークレー流の「存在するとは知覚されてあることである」という観念論のドグマで前提となっている知覚経験をどのように説明できるか見てみよう。私の前に一本の樹木が見える。有る時、有る場でその樹木を見る私にとって、客体(object) としてのその樹木の存在は主体(subject)としての私にとって内的であり、私の世界(そのとき、「世界は私の世界である」)に住まうのであって、その樹木を離れた私の世界も、私自身もまた存在しているわけではないのである。しかしながら、その樹木の側からすれば、それ自体が私と同じく主体なのであって、私に見られるという関係は、その主体にとっては外的(external)かつ偶有的(accidental)である。認識論に於ける実在論と観念論との「対立の一致」を表現する一つの道が、このように同一の関係を、外的にして内的、内的にして外的とみる関係説によって開かれることに注意したい。

外的 / 内的という二重性を持つ関係説を、「想起」の経験に適用してみよう。もし内的関係説を徹底すれば、過去とは想起されたこと以外の何ものでもない。過去自体というものは実在せず、いわゆる過去とは「過去の現在」、すなわち想起にほかならないのである、しかし、「統合体の哲学」における場所的論理では、過去は完結した実在性を持つが故に、現在において内的関係を持つことができるのである。「過去は変えることが出来ない」という了解は日常生活の前提でもある。我々の作為で変えることの出来ないものがそこに確かに存在する。しかし、まさにそのような我々の作為を越えた過去の実在性によって、我々の現在の行為と制作が支えられ、その意味で完結した過去が、私たちの現在の活動の中に内在し、活きた過去として働くということが、我々の過去の了解の中に含まれているのである。

四、新約聖書の場所論的神学についての省察

八木誠一氏は、「新約聖書における場所論」(東西宗教研究第五号二〇〇六年)で、新約聖書における場所論的神学を内包する個所として、全部で二一の代表的なテキスト群を挙げている。そのなかの主要なものに、私の立場(7)からコメントを加えたい。

かくて水より上るをりしも、天さけゆき、、鴿(はと)のごとく己に降るを見給ふ。かつ天より聲出づ『なん ぢは我が愛しむ子なり、我なんぢを悦ぶ』(マルコ一章一〇~一一節(8))

(コメント)イエスの受洗の場面。日本語訳では場所論的含意は明確ではないが、ἐν σοὶ εὐδόκησαの ἐν σοὶに場所論的含意があり、「なんぢの内で我悦ぶ(in you I was well pleased)」が直訳。聖霊を受けたイエスの公生涯の始まりを示す受洗の図像は、泰西の宗教画の主題として繰返し描かれたが、場所論的解釈では、イエスの「天父の子」としての「自覚」の(客観化された)表現であり、父子の相互の内在 / 感応という直接経験に由来する。ギリシャ語原文の時制はアオリストであって、一回限りの時と所に生起する出来事を物語るものであった。この出来事を原事実ないし原歴史と云うことができよう。

我かれらに永遠の生命を與ふれば、彼らは永遠に亡ぶることなく、又かれらを我が手より奪ふ者あらじ。彼らを我にあたへ給ひし我が父は、一切のものよりも大なれば、誰にても父の御手よりは奪ふこと能はず。我と父とは一つなり』(ヨハネ一〇章二八~三〇節(9))

(コメント)「我と父とは一つなり」ἐγὼ καὶ ὁ πατὴρ ἕν ἐσμενとは、場所論的な釈義では、「イエスと父とが働きに於いて一である」という意味である。この「一」を「実体的な一」とユダヤ人達は解したために、彼らは「人間であるにもかかわらず自らを神とする」冒瀆の故にイエスを殺害しようとした。しかしながら、旧約聖書の時代から「神の言葉を伝達する者は〈神々〉と呼ばれていた」のであるから、まして「神によって聖別されたものを神と呼ぶことに何の不都合もない」とイエスは云う。

この引用は、人が生きる「創造的空」の「場」としての「天父」、その「場所」(個別の一回限りの「とき」と「ところ」)において、その人が「天父との作用的一」を生き、「天父」もまたその人に於いて「天意」の実現を悦ぶ(εὐδόκησα)ということを示すものであり、「場」「場所」「作用的一」「相互内在/感応という聖書の場所論的解釈の適用される重要なテキストである。

我の父に居り、父の我に居給ふことを信ぜぬか。わが汝等にいふ言は、己によりて語るにあらず、父われ に在して御業をおこなひ給ふなり。(ヨハネ一四章一〇節(0))

(コメント)ヘブライ語では、「信」を表す言葉に、(1)安心・信頼を連想させるバータハ(bāṭaḥ)と(2)堅固・確実を暗示するアーマン(āman)との二語がよく用いられる。(1)は七〇人訳聖書のギリシャ語訳では「希望」を表す「エルピス」、信頼を表す「ペポイテーシス」が宛てられ、(2)は「信仰」を表す「ピスティス」、「真理」を表す「アレーテイア」があてられる。

新約聖書では、(2)の認識に関係のある「信仰」という言葉が主導的な位置をしめるようになるが、「信」のもつ上記の二つの側面は引き継がれている。すなわち、(1)至誠なる神に全人格を投じて帰依する信頼と(2)言葉や徴を手がかりとして不可視の現実に近づいてゆく理性の歩みである。

ヘブライ人への書翰(一一章一~二節)の、「信仰は望むところを確信し、見ぬものを真(まこと)実とするなり。古(いにし)への人は之によりて證(あかし)せられたり。信仰によりて我らはもろもろの世界の神の言(ことば)にて造られ、見ゆるものの顕(あらは)るる物より成らざるを悟るa」 は、このような「信仰(ピスティス)」が「信」のもつ二側面を統合し、「證(あかし)」と「悟(さと)り」をもたらす者であることが明確に示されている。これは「信仰」が、「見える世界」の中の「臆見(ドクサ)」に過ぎず、「真智(エピステーメ)」に至るための学問の道の準備段階であるとするプラトニズムとは異なる信仰理解である。また、プラトニズムでは、「見えるもの」は「見えないもの」の「像」であるが、聖書の場所的神学では、「見ゆるものの顕(あらは)るる物より成らざる」こと、すなわち「現前するイデア(不可視の実物)」も含めて「るる物φαινομένων」に由来するものではないことが、信仰によって悟られるのである。単に「写像する」のではなく「創造する」ことがプラトン主義と聖書神学を分かつといえよう。

わがは是なり、わが汝らを愛せしごとく互に相愛せよ。人その友のために己の生命を棄つる、之より 大なる愛はなし。汝等もし我が命ずる事をおこなはば、我が友なり。今よりのち我なんぢらをしもべ僕といは ず、僕は主人のなす事を知らざるなり。 我なんぢらを友と呼べり、我が父に聽きし凡てのことを汝らに 知らせたればなり(ヨハネ十五章十二~一五節(b))

(コメント)イエスの いましめ誡命(ἐντολὴ)とは、ここでは「わが汝らを愛せしごとく互に相愛せよ」ということであるが、その「愛(ἀγάπη)」はキリストのケノーシスを強調する最初期のキリスト者の信仰宣言に由来するものである。ここでは、「空」は「空虚」の意味ではなく、「自己を空ずる働き(self-emptying)」による「愛の充溢」として捉えられている。「イエス・キリストの僕(しもべ)(奴隷)」となることによって、地上の君主の奴隷の軛から自由になった信徒達が、さらに進んで、「キリストのケノーシスの働き」に生かされていることを自覚したときに、もはや「僕(しもべ)」としてだけではなく「友」とも呼ばれていることに注意したい。 

五、トマス・アクィナスの『神学大全』の「神の遍在性」と「作用的一」にかんする場所論的省察

トマスは『神学大全』第一部の第八問題第一項 の異論駁論(sed contra)で、

ものの働くところ、そこに必ずそのものはある(ubicumque operatur aliquid, ibi est)

とのべたあとで、イザヤ書二六章一二節「主よ、我々の行いはすべて我々に於いて汝のなしたもうたところである

(omnia opera nostra operatus es in nobis, domin(c)e)」を引用し、故に神はすべての事物に於いて存在している(Ergo 

Deus est in omnibus rebus)

と主張する。そして、

事物が存在している限りを通じて、神は、その事物が存在を有しているそれぞれの仕方に従って、その事物に現在しているのでなければならない(quandiu igitur res habet esse, tandiu oportet quod Deus adsit ei, secundum modum quo esse habet)」こと、そして「存在と云うことは、何ものにあってもその最も内奥的なるもの、何よりもより深く内在するものといわねければならぬ(Esse autem est illud quod est magis intimum cuilibet, et quod profundius omnibus inest)

から、

、、、、、、、、、、、 、、、、、神はすべての事物に於いてあり、しかも深くその内奥にある(、、、、)のでなくてはならぬ(Unde oportet quod Deus sit in omnibus rebus, et intime)

と結論する。

更に第八問題第二項 では、神の遍在性を否定する異論を列挙した後、エレミヤ書二三章二四節の「我は天地を満たす(caelum et terram ego impleo)」を引用した後で、神は「すべての場所に於いてある」と結論する。ただし、神がすべての場所においてあるといっても、その場所にすでに存在している事物を排除するわけではない。事物が空間的な場所を占有すれば、必ず他の事物を排除するものであるが、神があらゆる場所においてあるとか、あらゆる場所を満たすと言う場合、そのような仕方で遍在するのではない。そうではなくて、ある場所自身の「存在」とその「存在の力」、すなわち「事物の空間的位置を規定する力」を与えるものが神であるという意味で、その場所に内在するのである。さらに、「場所におかれてある事物(locata)」も「ある事物」であるかぎり、その「存在」を与えているのも神であるから、「空間的場所」と「空間にある事物」の双方ともに、その存在と力を付与している神に由来するものである。従って、「神はいかなる場所にも、いかなる事物にも遍在する」という趣旨の議論をトマスは遂行している。六、「作用的一」の場所論的徹底ー神と人間の

主體的な「能作の同一性」

西谷啓治は、エックハルトの本来の立場を汎神論と区別して、次のような注目すべき解釈を敢行している。

エックハルトの立場はあくまでも主體的な合一の立場

、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、である。絶対に二なるものが、主體的に一なるがゆえ

、、、、、、、、、、、、、、、に絶対に一となり得るという立場である。汎神論にはかかる絶対の二もなく、絶対の一もありえない...純なる一は、それを見ることはできない。ただ主體的な「生」とか「作用」とかの一としてのみ、生きかつ能作し得るのみである。また、かかる能作的な合一に於いて、自由が如何なる立場にもまして最も深く捉えられ、また最も深いそして最も眞實なる自由、無底的なる自由として捉へられ得るのである。しかもその最も自由なる自由は、もっとも必然的なる必然と共に捉えられる。何となれば、万有の創造と生成は、神の恣意ではなくして、前述の如き高次の必然性を含む神的生命の発動によるからである......然るに汎神論の立場では反対に、神と万物との差別を消すことによって、万有を支配する必然は単に表面的なものとなる。しかし、そのような立場からは自由も考えられない(d)。

西谷の云う「能作的合一」とは、「主客合一」ではなく、「主主合一」すなわち「ノエシス的合一」である。この意味での「主體的合一」を汎神論から峻別する西谷の議論は、『無の自覚的限定』のキリスト教論以後の西田幾多郎の宗教哲学、すなわち「絶対の一」と「個別的多」との矛盾的自己同一、逆対応、場所的論理による「人格」と「歴史的身体」の位置づけなどの課題をまえにした西田の思索と共に参照されるべきであろう(e)。

エックハルトの場所論的思索の良く現れているテキストとして、「御身のうちにいる人をあはれみたまへ」(Populoeius qui in te est, miserereberis)というホセア書一四四「慈(あはれみ)悲の祈り」の引用から始まるドイツ語説教を考察しよう(f)。最も優れた学者達に拠れば、知性は(すべてのものを)剥ぎ取り、神を覆い為しに、神自体である純粋な本質存在として。知性認識は真理と善性を突破し(durchbrechen)、純粋な本質存在に突進し、名前もないあらわな姿で、ありのままに神を捉えるという。知性認識も愛も結びつけることはないと。愛は、神が善いものである限り、神自身を受け取るが、もし神が善性という名を失うならば、愛は決してそれ以上には進まない。愛は毛皮、つまり衣装を纏った神を捉える。こういうことは知性はしない。知性は神を、神が自分に知られているものとして捉える。が、神を底なしの海のうちに捉えることは決してない。私が言いたいのは、この二つのもの、知性認識と愛よりも慈悲(あはれみ)のほうが上にあることである。神は、働くことができる最高の、もっとも純粋なところで慈悲(あはれみ)を行うのである(g)。

エックハルトが「離脱」と「突破」によって神性の根底まで極めようとする知性認識を「愛」に勝るものとして説いてきたことは良く知られているが、ここではそのような優れた知性による認識にも勝る「働き」として「慈悲(あはれみ)(Barmherzicheit)」を挙げていることに注意したい。離脱によって知性認識の徹底とは、仏教的に云えば聖道門の極みのごときものであろうが、ここでは、そのような知性認識をも越えた神の働きとして「慈悲(あはれみ)」が語られているからである。

この説教は、おそらく典礼で実際に為されたものと推測できるが、「主よ、あはれみたまへ」とは、最初に歌われる聖歌〔キリエ〕である。「言葉の典礼」で読まれる旧約の預言者ホセアの悲願、「慈(あはれみ)悲の福音」とも呼ばれてきたルカ傳の「平和のうちへ行け(vade in pace)」という派遣の言葉、「神は愛なり、愛に居る者は神に居り、神もまた彼に居給ふ」というヨハネ第一書四~一六節を引用した後で、「魂はその根底に於いてどのようなものか、誰も知らない。これについて知ることができるのは、超自然的な恩恵によらねばならない。そこにおいて神は慈悲(あはれみ)をおこなうのである」と説教を結んでいる。

ところで、自然本性的な愛と、ミサ典礼で語られる如き「超自然的な慈悲(あはれみ)」との違いは何であるのだろうか。ここで、「アガペーとエロース」でニーグレンが批判したトマスの『神学大全』の愛にかんする議論を手引きとして考察したい。トマスに於いては自然本性的な愛は決して破棄されはしない。言い換えれば「他者を自己の如く愛する」といっても、自己愛が根本であって、自己を愛する以上に他者を愛することを不自然なものとみる観点が残っているというのが批判のポイントであった。

実際、『神学大全』第二部二六問第三項で、トマスは、「愛の順序」について次のように云う。

「神が各人にとって愛する根拠の全体であるのは、神が人間の善の全体であるということによってであろう。というのも、ありえないことであるが、神が人間の善ではないと仮定するならば、人間にとって愛する理由はないであろうからである。したがって愛の順序について云うならば、人間は神の次にもっとも自分自身を愛するということでなければならないのである」ニーグレンは、トマスがアリストテレスの友愛論によってキリスト教的な隣人愛を基礎づけようとしたために「アガペー」に基礎をおくキリスト教的な隣人愛に「エロース・モチーフ」が残存しているというのである。これに対して、トミズムの伝統を尊重する立場からニーグレンにたいして様々な反論が出されている。たとえば、桑原直巳は『トマス・アクィナスにおける「愛」と「正義(h)」』で、トマスの立場にたつ人間論をむしろ肯定的に捉えている。トマスは決してアリストテレスの友愛論をそのまま受容したわけではなく、アリストテレスを踏み越えて、聖書と聖伝に立脚する独自の「友愛論」をたてたのである。アリストテレスにはない聖書的な神への愛を第一義にたてた上で、それを根拠として人間の善の全体を分有する隣人愛を基礎づけたのであるから、神への愛の次に「自己愛」を肯定的に捉え、それを範型として隣人を「自己と同じように隣人を愛する」のが「愛」の順序の上で自然なのであると云う。 要するに、「恩寵(超自然)は自然を破棄せずに完成させる」というのがトマス自身の基本的な思想であるから、自然本性的な自己愛も、決して破棄はされずに最終的には神愛において肯定されるというのが、トミストの側からのニーグレンへの一つの答えとなるであろう。

それでは、ドミニコ会のトミストの伝統を独自の仕方で継承したエックハルトの場合はどうであろうか。前に引用した「慈悲(あはれみ)を知性と愛にまさる働きとする説教」でも明らかなように、彼は隣人愛をアリストテレス的な友愛によって基礎づけると云う議論を、福音書やアウグスチヌスを典拠として議論を批判している。 エックハルトは隣人を「自

、、、、、己と同じように愛する」と解するトマスとは違って、福音書の隣人愛とは「(神を有し、神を愛する者は)隣人を自

、、、 、、、、、

己自身と等しく、また等しい仕方で愛する」と解した上で、

、、、 、、、隣人愛と自己愛の同等性あるいはむしろ同一性を主張するのである(i)。このように愛される者と愛するものが差別を越えた一つの能作の主体となるところに、エックハルトの場所論的な「一」に徹底した実践的思索が良くあらわれている。そのような隣人愛における「能作の同一性」は自己の善を第一に考える「愛」よりも高く、「離脱」と「突破」によって神性を極めようとする知性認識ですら無限に及ばない「無底の海の深さ」をもつというのがこの説教の趣旨であろう。

七、聖体拝領の頌栄に関する省察

日本のカトリック教会では、ミサの聖体拝領の頌栄として

司祭: キリストによって、キリストと共に、キリストの内に聖霊の交わりの中で、全能の父であるあなたに、

会衆: すべての誉れと栄光は世々に至るまで。

をとなえている。ラテン語典礼では、日本語典礼で三度繰り返される「キリスト」に該当する部分はipse( self =自己自身) であること、また「聖霊の交わり」とはin unitate Spiritus Sancti(聖霊の一致において)であることに注意したい。

ラテン語典礼:Per ipsum, et cum ipso, et in ipso, 

Est tibi Deo Patri omnipotenti, in unitate Spiritus Sancti

 Omnis honor et gloria per omnia sæcula sæculorum

日本語典礼では、英語典礼のように Through him, and with him, and in him とipse を平板な三人称単数の代名詞として翻訳することはできないと思うが如何であろうか。

キリスト者の共同体を形成する原動力であるが、その根底 所性の破棄」と相対性理論との関係が私の第二論文の主題で

Ipse を単に「彼」と訳して、「彼によって、彼と共に、彼の中に」と訳してしまうと、「キリストによる」救済行為も、同伴者あるいは友として「我らと共にいるキリスト」も、「内なるキリスト」も、自己自身とは無縁な「他人事」に響く。「キリスト」の名を三度繰り返し、キリストと人間との関係を、「によって」「と共に」「の内に」の三語で表現することで、感謝の祭儀の聖体拝領に於けるキリストの中心的な位置が明瞭となっている。また「聖霊の交わり(communio)」はにあるものは「聖霊の一性」すなわち「愛の働きの一性」である(j)。

1 講演者:西谷啓治、応答者:玉城康四郎、小野寺功、司会者:八木誠一のこの第四回東西宗教交流学会(一九八五年)の講演と質疑は、翌年の「大乗禅」誌に掲載されたが、その電子版が南山大学宗教文化研究所のwebサイトhttp://nirc.

nanzan-.ac.jp/en/publications/jjsbcs/ で閲覧可能

2 私が『科学基礎論研究』に発表した最初の論文は「アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンの議論とベルの定理─量子論における分離不可能性」(Vol.19 No.3)、二番目の論文は「アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンの相関と相対性理論」(vol. 19, No. 4)であった。これは、当時話題となっていたベルの不等式の反証という実験的事実が意味するものは、量子力学の完全性をめぐるボーアとアインシュタインの論争点に決着をつけたものではなく、「局所的実在の分離不可能性」であるというのが私の第一論文の主題、そして「局あった。どちらも不確定性原理の実在論的解釈と量子力学的遠距離相関ー非因果的相関の解釈を主題としている。

3 Charles Hartshone, The Logic of Perfection, Open Court Publishing Company, 1962.

4 清水光雄、「ウエスレーの救済論」、教文館、二〇〇二年、三三頁参照。ホワイトヘッドの「統合体の哲学」が、ジョン・カブに代表されるメソジストの神学者に受容されたことは偶然ではない。どちらにも東方キリスト教の霊性的伝統が受け継がれているからである。ホワイトヘッドの思想と、エペクタシス(自己超越的な愛)や「つくられざるエネルゲイア」という東方神学のエネルゲイア論との深き関連を指摘した著書としては、George A. Maloney, S.J., A theology of Uncreated 

Energies, Marquette University Press, 1978 参照

5 西谷啓治の「空と即」には「現成する」という表現が多用されている。このように「現成」を動詞化して使う用法は道元の「正法眼蔵」に由来するものである。「正法眼蔵」の要語索引を見ればわかるように、道元においては「無」や「空」のような否定的言辞よりも「現成する」という肯定的な動詞表現が圧倒的に重要な役割を果たしている。しかし、「現成」とは現代中国語でもそうであるが「既成」と同じ意味であって、その動詞表現への転用は、道元に固有のものである。すなわち、「現成」を「現成する」という動詞表現と一つにすることによって、修行を悟り(証)の手段とみずに「証上の修」を含意する「修証一等」の修道論が成立しているのである。

6 この外的関係説はラッセルの弟子であった(前期の)ヴィットゲンシュタインにも受け継がれている。論理哲学論考によれば、個々の要素命題で記述される事態は相互に独立であって、互いに影響を及ぼすことはあり得ない。要素命題の真理値の函数として表現される複合命題は、トートロジーと矛盾をのぞいて、すべては偶然性の支配する事柄の表現となる。しかしながら、要素命題の具體的事例をヴィットゲンシュタインは一つとしてあげることが出来なかった。それには当然の理由があると考えるべきだろう。一つのアトムが他のアトムといかなる内的関係を持たない以上、諸々のアトムの相互交流ないし相互浸透ということがあり得ないのであるから、個々のアトムが如何なるものであるか、そのアトムの成立については何も語れないからである。すなわち。「論理哲学論考」が、反形而上学という形而上学的ドグマにいまだ束縛されているということは縷々指摘されてきたことであるが、「事のアトミズム」というドグマもまた、アトム相互の因果的独立性を独断的に仮定している点で、悪しき意味での形而上学に陥っていたと云わなければならないだろう。

7 私は、「普遍の教会」に保存された「文字化以前の伝統」を尊重する立場に立つ。その立場では、「伝統」から切り離して「聖書」を単なる書物として「読む」のではなく、教会の「典礼」の中で、「言葉を聴き」交互に「語り」、「信仰宣言」すること、「聖体を拝領」し「頌栄する」といった言語行為の「働きの場」で成り立つ信仰の「場所論的釈義」を試みたい。「言葉の典礼」に参加するキリスト者が直接に経験する「みことば」のもつ時間的な原事実性(原歴史性)を幾分なりとも解明できれば幸甚である。

8 Mark.1:10–11, καὶ εὐθὺς ἀναβαίνων ἐκ τοῦ ὕδατος εἶδεν σχιζομένους τοὺς οὐρανοὺς καὶ τὸ πνεῦμα ὡς περιστερὰν καταβαῖνον εἰς αὐτόν. καὶ φωνὴ (ἐγένετο) ἐκ τῶν οὐρανῶν: σὺ εἶ ὁ υἱός μου ὁ ἀγαπητός, ἐν σοὶ εὐδόκησα.

9 John 1:28–30,  κἀγὼ δίδωμι αὐτοῖς ζωὴν αἰώνιον, καὶ οὐ μὴ ἀπόλωνται εἰς τὸν αἰῶνα, καὶ οὐχ ἁρπάσει τις αὐτὰ ἐκ τῆς χειρός μου. ὁ πατήρ μου ὃ δέδωκέν μοι πάντων μεῖζόν ἐστιν, καὶ οὐδεὶς δύναται ἁρπάζειν ἐκ τῆς χειρὸς τοῦ πατρός.  ἐγὼ καὶ ὁ πατὴρ ἕν ἐσμεν. ἐγὼ καὶ ὁ πατὴρ ἕν ἐσμεν.

0 John 14:10 οὐ πιστεύεις ὅτι ἐγὼ ἐν τῷ πατρὶ καὶ ὁ πατὴρ ἐν ἐμοί ἐστιν; τὰ ῥήματα ἃ ἐγὼ λέγω ὑμῖν ἀπ' ἐμαυτοῦ οὐ λαλῶ: ὁ δὲ πατὴρ ἐν ἐμοὶ μένων ποιεῖ τὰ ἔργα αὐτοῦ.

a Heb 11:1–4,  Ἔστιν δὲ πίστις ἐλπιζομένων ὑπόστασις, πραγμάτων ἔλεγχος οὐ βλεπομένων.  ἐν ταύτῃ γὰρ ἐμαρτυρήθησαν οἱ πρεσβύτεροι.  Πίστει νοοῦμεν κατηρτίσθαι τοὺς αἰῶνας ῥήματι θεοῦ, εἰς τὸ μὴ ἐκ φαινομένων τὸ βλεπόμενον γεγονέναι.

b John15:12-15: 12αὕτη ἐστὶν ἡ ἐντολὴ ἡ ἐμή, ἵνα ἀγαπᾶτε ἀλλήλους καθὼς ἠγάπησα ὑμᾶς: 13 μείζονα ταύτης ἀγάπην οὐδεὶς ἔχει ἵνα τις τὴν ψυχὴν αὐτοῦ θῇ ὑπὲρ τῶν φίλων αὐτοῦ. 14 ὑμεῖς φίλοι μού ἐστε, ἐὰν ποιῆτε ἃ ἐγὼ ἐντέλλομαι ὑμῖν. 15 οὐκέτι λέγω ὑμᾶς δούλους, ὅτι ὁ δοῦλος οὐκ οἶδεν τί ποιεῖ αὐτοῦ ὁ κύριος: ὑμᾶς δὲ εἴρηκα φίλους, ὅτι πάντα ἃ ἤκουσα παρὰ τοῦ πατρός μου ἐγνώρισα ὑμῖν.

c ubicumque operatur aliquid, ibi est. Sed Deus operatur in omnibus, secundum illud Isaiae XXVI, omnia opera nostra operatus es in nobis, domine. Ergo Deus est in omnibus rebus. d 西谷啓治著作集第七巻『神と絶対無』34頁

e 私自身は「合一」という用語よりも「能作の同一」という言い方のほうが事柄に即していると考える。「合一」とは、二つに分かれた者が一つに合するという意味が残存するからである。

f Meister Eckhart, Deutsche Werke, Bd. 1, Predigt 7. 

g Ich spriche: über disiu beidiu, bekantnisse und minne, ist barmherzicheit; dâ würket got barmherzicheit in dem hœhsten und in dem lûtersten, daz got gewürken mac.

h 桑原直巳『トマス・アクィナスにおける「愛」と「正義」』(2005 地泉書院)終章433頁参照。

i 「自己を愛することと他者を愛することの同等性あるいはむしろ同一性(plena aequalitas sive parilitas aut potius identitas dilectionis sui et proximi)」についてのエックハルトのテキストの詳細な分析が松田美佳『エックハルトの隣人愛論』(中世思想研究xlvii, 2005 )にある。

j 滝沢克己はカールバルトの教会教義学の和解論を手引きとして、神人の第一義の接触と第二義の接触を区別して「不可分・不可同・不可逆」の神人関係を基礎とする「神人学」を構想した。八木誠一氏の場所論的神学では、「神我らと共にいます」の「と共に」よりも、神人の相互内在を説く「のうちに」が重視されている。しかし、典礼の言葉は、「と共に」(共同体性)、「のうちに」(内面性ないし個人性)および「によって」(不可逆性)を切り離さずに一息に述べ、「聖霊の一性の中で、すなわち愛の一なる働きのなかで」キリスト者の共同体の形成へと向い、「汝」と呼びかける父を「世々に至るまで」頌栄するダイナミックな神人関係を統合的に表現している。

たなか・ゆたか 

討議Ⅳ 

応答者・司 会 金 承哲

上智大学名誉教授

田中 フロント構造という概念にわたしは非常に惹かれました。八木先生の記号表現に関しては、最初に

2002年の東西宗教交流学会でお話になったときは、わたし自身が数学を嘗て専攻していましたので、ちょっと抵抗がありました。今回は八木先生は新約聖書の時代に実際に使われていたコイネーギリシャ語のテキストの解釈と結びつけてお話になったので、大変よく分かりました。ですから、わたしは、以前使用されていた八木先生の記号表現は記号論理学に似てるけれども、一種の象徴形式― シンボリックフォルム―で語られたものであって、一つ一つの陳述文に 0 か 1 かの真理値を振り当てる命題論理学とは全然違う種類のものであると考えています。従って八木先生の場所論の記号化は表現言語の象徴的理解が得られる意義が認められると思います。

ただ、今でも私の言いたいことは、記号化してしまうと、何かそれで代言したり置きかえたりすることによって、すべてが説明されてしまうかのような印象を聞く人に与えてしまうという危険性です。要するに、説明できないものがあるということが、記号を使うことによって覆い隠されるので、記号を使うと、その記号についてさらに説明をするという余計な事態が生じるために、限りなく記号が象徴している事柄自体からわたしたちの関心がずれてしまうでしょう。やはり、図式的記号よりも、生きた言葉が働いている現場のほうが大事だろうと思いました。

それから、もう一つは、これは八木先生と個人的にお話ししたんですけれども、フロントという言葉をいう場合に、わたしは「前衛」とか「周辺」というような意味もあるように思う。フロントに行く、境界に赴くという構造が、キリスト教的な真理の実践の中には含まれているのではないかと。わたしは、仏教の言葉を常にキリスト教的に理解するので、誤解があるかもしれませんが、臨済録の中に、一人有り劫を論じて、途中にあって家舎を離れず。それから、家舎を離れて途中に在らずと。僕はあの言葉が非常に好きなんですが、要するに、内なる自己の世界に閉ざされるのではなくて、常に異質な他者のフロントに出かけるという「行人の精神」こそがキリスト教でも仏教でも大切であると思っています。

八木先生のフロント構造は、さまざまに解釈できますが、わたしが一番好きなのは、善きサマリア人の譬えです。隣人とは誰のことかを特にこの譬えは難しい理屈に訴える必要は全くなくて、あらゆる人の心に直接訴えるイエスの言葉の一つです。サマリア人は、ユダヤ教の正統派の「我ら」の中には入らない。その宗派の壁を越えてフロントに行くというところを八木先生のフロント構造という概念にもう一つわたしがつけ加えたいところです。

つまり、フロントには「周辺」という意味がある。その境界こそが新しい中心になり得ると。たとえば新約聖書のギリシャ語というのは独特なギリシャ語です。プラトンやギリシャ悲劇のギリシャ語に比べれば、はるかにシンプルな構造を持っていますね。それから、ヘブライ語法が非常に入っていますから、ある意味では伝統的なヘブライ語でもない、ギリシャ語でもない、聖書独自のギリシャ語なんですけれども。しかし、近代のルター訳のドイツ語訳聖書とか、英語の欽定訳はほぼその直訳です。それが新しい、近代の聖書に影響された国民文化というものを生み出す力も持っていた。

日本の場合でも文語訳聖書の翻訳者は日本の古典によく通じており、言霊の働きというものを身につけていました。あの翻訳は生きた、霊に満ちた言葉なんですね。現代の散文語訳は、わかりやすさを主体にしてしまったために、近代人の解釈が入ってしまう。安土桃山時代に日本に入ってきたキリスト教の文書の当時の日本語訳についても言霊の働きを感じます。戦後の教育を受けた現代の日本人にとって常識であり、通念であることが、三百年前、四百年前の日本人にとっては決して通念ではなかった。つまり、通念はそういった時と場所というものによって大きく制約されていいます。

しかし、その通念を通じて、何かそこに普遍的なるものが常に表現されるということがあると思います。逆に言えば、わたしはキリスト教の神話とか物語というものを事実ではない単なる方便とは見ないです。まさに、その方便によって、現代のわたしたちが持っている通念が逆に照らし出されて、批評されなければならない。その作業を通じて、はじめてわたしたちが、現在当たり前だと思っていることが決して直接的なるもの、生きた現実ではないということを知ることができるのではないかと。

だから、未来に行くためには、わたしは退歩も必要だと思います。進歩ばかり考えているのではなくて、退歩と進歩ということが一つである。その一つであるところをわたしは道元に倣って運歩と呼びたい。青山常運歩、石女夜性児(青山は常に運歩し、うまず女が毎夜子供を産む)という正法眼蔵山水経の言葉は、わたしは本当にすばらしいと思います。わたしのキリスト教解釈では、アブラハムの妻が老齢なのに子供を産んだという物語以上に、産まず女、もう子供を産めなくなった人が実は闇夜のなかで子供を産んでいると。それはやはり、エックハルト的に考えれば、わたしたちの魂の中における神の子の誕生という、その経験ですね。それは、単なる物語とか方便以上のものがあって、わたしは、やはりそういう言葉に物凄いアクチュアリティを感じます。だから、単なる方便だなどとは全然違う物語りなので、合理化してそれで済ませられるようなものだとは全く思っていないということですね。

金 ありがとうございました。何かご質問ある方がいらっしゃいましたらお願いしたいのですが。

森 京都産業大学の森でございます。非常に感銘深く、お話を伺いました。ただ、「言葉の問題」ということで、八木先生は言語を三つのものに比較、区別されての話で、それはそれで非常に明確な、大事なご指摘だと思います。きょうの田中先生のお話を伺って改めて思うのは、一つは、もし宗教言語ということを言うならば、聖書の言葉と神学の言葉の間には、相当な落差があるんじゃないか、あるいは、宗教言語と同時に、僕は、やはり形而上学言語というか。哲学的なというか、形而上学的な言語というか、それは軽く見られない。西田の「場所」の論理は、物凄い苦闘の中で出てきたのであって、「主語」というか、「主体」を余り軽くは見られない。やはり、ヨーロッパの形而上学、あるいは神学、ドイツ観念論なんかをふまえても、「主語」の重みは相当なものがあって、ちょっとやそっとじゃ動かない。

たとえば、汎神論の問題も、シェリングなんかは自由論の前半を使ってずっと言うんですね。 Pantheismusというから、Alles ist Gott(一切は神である)になるけど、そうじゃなくて、Gott ist alles(神は一切である)だと。これも物凄く、主語の位置と述語の位置はやはり不可逆で、そんな簡単には、

「場所」にはなれないんですよね。そうしますと、「神は愛である」という聖書の根本メッセージがあるけれども、「愛は神である」とは言えない。あるいは、言うことは許されない面があると思います。そこにどんな大きな意味があるのか。

本当は、何ていうんですかね。そう思うと、この聖書の言葉と、ここから出てくる神学の言葉との間には相当なギャップが、落差があるんじゃないのか。あるいは、もっと言えば、パウロのギリシャ語は非常に素朴なギリシャ語だとおっしゃいましたけれども、イエスもギリシャ語をしゃべってる形になるわけですよね。これはみんな翻訳語ですよね。イエスはギリシャ語はしゃべらなかった。そうだとすると、イエスの言葉が全部ギリシャ語になってること自体の中に、もう既に大きな転換があるわけであって、すべて、やはりそれは解釈ですよね。言ってみれば。そうすると、聖書の言葉まで含めて、もう一回何か、受け止め直す必要がある。

そんな意味で言うと、八木先生の一つの着眼である、言葉以前のところまでもう一回戻って出直すみたいな、そういう試みもどうしても必要なのかもしれませんけども。それにしても、きょうのお話は非常に、特にカトリックの典礼ですか、それらを含めて、いや、すごいなと思って聞いたんですけれども、ここに、やはり物凄く、言葉の落差みたいなものが随分あるんじゃないかって。これをどう考えたらいいのか。やはり、西田の場所論というのは哲学の言語をひっくり返したところがあって。ちょっとそれも、つまり、だから西田の無の場所というか、こういう考え方と、八木先生がおっしゃるその場所論ということが、僕は、かなり中身が違うような気がしてならんのですけれども、そういう点をどんなふうに考えたらいいか、ちょっと、先生方のご意見を伺いたいと思います。まず、田中先生から。

田中 西田は道元と並んで、私の座右の書なのですが、いつ読んでも新しい発見があるにもかかわらず、これで分かったという気がしないですね。西田の場合ですと、彼は自分の書いたものを「悪戦苦闘のトキュメント」などと呼んだこともありましたが、何をめぐって悪戦苦闘していたのかを共有していない限り、西田を読むということはできないと思います。その意味で、分からないながらも何度読んでも発見がある書物だし、道元も、わたしはそうだと思います。だから道元は禅問答が無理会話だなどとは決して言わない。言語で表現できないと、したり顔に言うお前自身が分かっていないということがある。言語を越えたものをあくまでも言語で表現することを求めて行く生きた言語使用がそこにあると思います。哲学者の中では、そのように過去の自分を越えて常に新しい言語表現を求めていったのが西田でしょう。たとえば、西田は「絶対無」という言葉をあるときから使わなくなります。

森 そうですね。

田中 しかし、「絶対無」という言葉は使わなくなっても、場所的論理は残るわけでしょう。晩年の西田が鈴木大拙に宛てた書簡のなかで、大拙の言う般若即非の論理から、歴史的世界と人格について語りたいという趣旨のことを言っています。八木先生のご本でも、人格的な言語と場所論的な言語が、最初のうちは何か対立するような形で書かれていたけれども、だんだん、終わりのほうに近づくにつれて、やっぱり人格という言葉の捉え直しによって、場所論的な思考から、わたしたちがふつうに人格的に表現しているものを、そこから語り直すということを試みておられます。西田が最後に目指したのはそれだと思います。

森 わたしは、聖書の言葉と神学の言葉の間に、やはり大きなギャップがあるんじゃないかと申し上げました。それをもし、わたしが知る限りの禅のほうで言うならば、やはり、「禅問答の室内の言葉」というのは、一般の記述言語や、あるいは宗教言語とは異なる。「表現言語」というような枠に入るかもしれませんが。この、表現言語というのも便利な言い方ですけど、僕は西田哲学の「表現」ということにこだわるので、表現を余り一般化して使いたくない気持ちがあります。

ただ、一番わかりやすく言えば、室内の言語というのは、まさに芭蕉が使うような俳句の言葉なんですよ。そこに自分の意識がちょっとでも入ったような言語はみんな落とされるわけです。だから、まさに「我」が入れば無、だから、無我の論理が許されるわけで、それは先生の言い方で言えば芭蕉とか、あるいは文芸に近いような。つまり、別に自分は俳句つくるとか、そういう芸術性があるとか、そんなことは関係ないですよ。だけども、ふつうの、日常のおしゃべりの言葉でもなければ、概念的な言葉でもなく、何か、やっぱりちょっと変わってるんですよね。そこは、僕は恐らく、聖書の中の言葉も、そういう概念性を許さない、そして、何かもうちょっと。

だから、うまく言えないんですよ。特に禅問答の言葉は独特であって、この間に、ぱっという間に、あっという間に終わってしまうわけですけれども、やはり、それを単なる表現言語とか、そんなもので言えるかどうかはわからない。そうしたときに、聖書と神学、それは、聖書の中に神学AもBもCもあるかもしれませんけれども、神学といったときの言葉は、もう既に形而上学、あるいは哲学の言語じゃないかという、そこら辺はどうなんだということを、非常にこだわりたい気持ちがします。

田中 わたしは哲学以前に一度立ち返って、哲学の否定を介して、哲学がどこから成立するかを考えてみたい。神学の場合でも、神学という教義から物事を説明するのではなくて教義が一体どこから出てくるのかという、それが経験されてなければ、それは生きた言葉になり得ないと思いますね。だから、神学以前、それから哲学以前から思索するというのは、これは後期田邊とか西田に共通する思索の態度だったと思います。ただ、西田の場合、最初の『善の研究』で直感的にはすべて出てると思います。潜在的にはね。だけれども、それをいかに的確に表現するか。その言語表現をめぐる悪戦苦闘は生涯続いていたと思いますね。

ですから、その問題は我々にとっても生きた問題だし、わたしの場合は、実は西田をキリスト教の文脈で読みます。これは、正しい西田理解というよりは、西田自身が問題にしている事柄をキリスト教徒としてどんなふうに受けとめるか。そして、彼はやはりフロントで思索してると思うので、いわば最前線で、哲学の現場で悪戦苦闘しているその努力から学びたいのであって、西田と同じ言葉を繰り返したくはないんですね。西田と同じ言葉を繰り返せば、それは縮小再生産ですから。「見師と斉しければ師の半徳を減ず」という禅の言葉がありますね。この言葉は、学問の限りなき探求を促す精神に通じる言葉でもあるし、それから、宗教の根本に通ずる言葉でもあると思います。つまり、繰り返し反復すれば、それは形なきものというのを忘れるわけですから、そういう形あるものを生み出すような、根源的な働きに目覚めるということのほうが根本のように思います。

田邊論集に、西田・田邊記念講演会でお話ししたことを書く予定があるのですが、田辺の場合も、西田を批判することを通じて、西田が問題にしていたことを自分の言葉で語ろうとしていたのだと思います。わたしはどちらかといえば西田のほうが、自分の体験にぴったりしますので、田辺の概念的な思考よりも西田のほうに惹かれていますが。

森 田邊さんはほとんど全部誤解ですね。

田中 いえ、そこまで考えてないです。

森 田邊さんは相当に問題的だと思います。「絶対無」なんて、ああいう「概念」をつくり出したのは、やっぱり田邊です。それは、「無の場所」のほうが的確なんですよ。だって、「見る者なくして見る」という、主体じゃなくて「主体から場所への転換」が、西田において起こったんですよ。それを、もう一回絶対無という、絶対的な原理みたいにして言い出したというのは、田邊さんの物凄く大きな責任です。

ほとんど、だから田邊さんを読んだら概念で、全部、長い長い文章だけど、一つ読めば全部わかってしまいますよ。何も面白くない。後からの、後づけなんですよね。そこで、何か新しい発見とか、新しいパトスとか、そういうものを余り感じられない。そのかわりに、研究だけは本格的だから、もう隙がない。それはすごいし、僕らの先生も、みんな田邊さんの弟子だったから、余り田邊さんの悪口を言えなかった。

田中 とりあえず、西田の問題というのを、やっぱり田邊は戦後というあの時代で、敗戦を経験した後で書きました。西田が旧約聖書に関心を持ったのは、日本が亡国の危機にあるということはもうはっきりわかっていましたからね。だから、改めて旧約の預言書を読み直して、彼がそれに非常に動かされたということは、日記の中に明確に出ているわけです。田邊は敗戦が現実化したときに、西田が既に見ていた事柄を、田邊自身の言葉で語ろうとしたとわたしは思います。

八木 まだ余りまとまってないんですけれども。つまり、聖書の言葉と、それから神学の言葉は違うんじゃないかと。もちろん違うんですよ。たとえば、聖書学というのがありまして、それは各文書について、誰がいつ何のために書いたのかということを研究する部門と、それから、聖書のテキスト一つ一つについて解説をしていく。釈義がされる。それと並んで、神学というのがあるので。それは、新約聖書が含んでいる神学的な思想(諸概念の明確化と秩序づけ)を取り出すという作業なので。

森 そうですね。

八木 はい。だから、最初から同じわけがないので。た

でも、それを解釈するのと、わからないまま言葉 とえばパウロ自身が一人の神学者で、神学的な言語を既に使ってるんだけれども、それは、たとえば、本当は言葉にならない、わたしのうちに神の子が現れて、それはキリストだというわけですけど、もはやわたしは死んでキリストが生きてるんだとか。それと非常に似た言葉で、もっと直接的なね、わたしたちの心の中で神が輝いて、キリストの御顔を照らし出したというような、そういう言葉があるので。一体これは何なんですか。そのまま読んでわかれといったって無理でしょう。違いますか。

ただ、そこで問題になるのは、要するに聖書を読んでもそれがわかるというものじゃないんですよ。そうでしょう。聖書がわかるためには、わからせる作業が必要なので。その作業がどういうことかというと、今言ったような時代史とか、一つ一つの概念の成立史の研究だとか、文の釈義だとか、それから神学的な思想、いろんな面にわたってやらなくちゃいけない。それ自身は、聖書の言葉から違っているというのは、上田さんがよく、直接経験から第一次的なという言葉と、それを解釈して述べていく言葉とは違うんだと。だけど、またもとへ戻らなきゃいけないんだということを言っておられるじゃないですか。ああいうふうに、やはり抽象度が違うので。

を受けとめるのは、またちょっと違うと思います。

八木 もちろん違います。

森 だから、現代から見て、どれだけ不合理だったり、わけのわからんものであっても、やはり、まず深い意味はわからなくても、どれだけとんちんかんであれ、字義的な意味は、一応は受け取れますよね。今、先生がおっしゃったやつだけでも。その意味がどうなるか、それはやはり、禅の公案なんかはもっとひどいですよ。わけわからん。

八木 同じことがあると思いますよ。

森 いやいや、公案は解釈じゃないんですよ。やはり、わからんまま受けとめないと。

八木 解釈というのは言葉がどこから出てきたのかわかるということなんです。僕が言ってる解釈というのは。

森 いや、でもそれは説明じゃないんですよ。

八木 もちろん。説明じゃないけれども、同じ根源から

 

出てきたもっとわかりやすい言葉というのがある れは違うじゃないかとおっしゃる方がきっといるんですよ。 だろうと思うけれども、僕自身はそうやってるん森 それはそうです。 です。

八木 言葉の上に乗っかっただけの解釈じゃなくて、同 だから、それは言葉としてもちろん違うんだけれども、どこから出てきたかということをより正じ根源から出てきて、その根源をより分節した形

確に指し示すという意味では、現代にはやはり必で言い表す言語というのがあるはずなので。僕は

要だと思うので。それがなければ、根源語ですね、それを神学というか、哲学というか、何だと言っ

てもいいけれどもね。新約神学の言葉だと思って 上田さんが言ってる。根源語だけでいいというこるので。 とになっちゃうから。むしろ、確かにそれだけのつまり、僕の解釈のやり方、方々に書きました ほうがわかりやすいというか、手がかりになるこけれども、それはある言葉を直接にほかの言葉に とがあるということは、僕もそう思いますけれど移すのではなくて、一つの言葉を手がかりとして、 もね。だけど、やっぱりそれをほっといたんじゃ、その言葉が出てきた根源にふれて、ああ、ここか たとえばほかの思想との比較や対話をする場合にら出てきたんだなとわかったら、その根源を、我々 は、どうしたって発達した言語表現が必要なのでに通じる言葉で書き直すんだと。それが釈義であ す。でなければ、アとウンとだけで比べろというり、新約神学であると、僕はそういうふうに言っ のは無理だからね。そういうことなんです。

てるしやってきた。ほかの方から見られたら、こ 寺沢 八木先生の回答をお聞きしたいんです。話がちょ

 

っと違った話になるんですけどね。先生、お聞きしたかったんですが、最近は、三六七年に、コンスタンティヌスの後、教会の会議でこの聖典が選ばれますよね。それで排除された福音ですね、たとえばトマスによる福音書とか、ペテロによる福音書とか、マグダラのマリアによる福音書とか、そういうものが最近、非常にディスカッションされて。特にわたしは、トマスによる福音書を読んでみますと、たとえばイエスが弟子に向かって、自分を信じるな。わたしを理解するためにはまずおのれ自身を知れとかですね。最後は、みんなイエスになれとか、仏教で言う仏になると。イエスになれとか、そういう言葉をトマスなんかは非常に言ってるわけで、ローマ教会が嫌いだという理由がよくわかるんですけど。非常に、トマスによる福音書は、先生の言うように働きの神といいますかね。それと非常に似てるようにも思うんですが、先生のご意見は、トマスによる福音書はどう思っていらっしゃいますか。

八木 トマス福音書が言ってるイエスって全然イエスと違うから。

寺沢 そうですか。

八木 うん。さっきの田中さんのお話とも関係するんですけれども、田中さんがそう思ってらっしゃるわけじゃなくて、ただそう言っちゃっただけなんだろうけれども。よくあることですが、たとえば、ヨハネ福音書の言葉を歴史のイエスの言葉というふうに平気で言うんですよね。それは、僕たちにはとてもできないことなんです。ヨハネ福音書のイエスは、あれはイエスじゃなくて、滝沢さんの言葉で言えば、「神我と共にいます」。僕の言葉で言えば「統合作用」。それが一人の人間として話してるのでね。あれは、歴史のイエスとは全然違うんですわ。どうしてそんなことができたかというと、やっぱり復活理解にまで戻ってこなきゃならないんだと僕は思いますけれども。

とにかく、まずそういう区別をした上でね。やっぱり、そういう区別を何でするんだということになるかもしれない。イエスの言葉の中でも、これはイエスが本当に言ったと思われる言葉と、それから、後で教会が語らせた言葉とがどうもあるらしいと。それは百%確実にはわからないけれども、大体は区別できるんですよ。それで、我々はその中から、どうもこれはイエスに、本当にイエスが語ったことらしいというのを、うんと減っちゃうけど、イエスの言葉とされているものの二、三〇%になっちゃうけど、もっと少ないかもしれない。それをもとにしてイエスを言ってるので。

だから、我々の感覚から言うと、イエスの言葉といったって、さっきもマルコ福音書の言葉を引かれましたけれども、僕は田中さんのことを全然非難してるんじゃなくて、我々はこうなんだというふうに言いたいんですけれども、あれは伝説の言葉でね。つまり、天から声がして、あなたは我が愛する子、あなたは喜ぶというのがありましたけど、天から声がしたという、誰が聞いて誰が記録したんですか。本当に天から声がしたんですか。聖霊がハトのように下ってきてイエスの上にとまったと。それも、マルコはイエスの中に入ったと書いてあるんだよ。ところが、ルカとマタイでは、イエスの頭の上にとまったと書いてある(マタイ三・一六、ルカ三・二二)。場所論的には全然意味が違うんですよね。

だから、あなたのことを喜んだという、それも歴史的に、どこからそんな声がして、誰がそれを聞いて、誰が記録したんだという話になると、それはそう簡単に歴史的な事実だと言えなくなってしまうんでね。だから我々は、やっぱりイエスというときには、歴史のイエスが言ったんだと思われる言葉を少なくとも中心に置く。そうすると、ヨハネ福音書のイエスの言葉というのは、あれは、つまり霊なるキリストですよ。それが一人の人間になっちゃって語ってる言葉であって、あれをイエスの言葉というわけには全然いかないのでですね。田中さんが言われようとしたこと自身は、非常に貴重だと思うけれども、ちょっと、僕としてひっかかる点はそういう点です。

田中 いえいえ。わたしも、たとえばヨハネ福音書は、編集、福音書記がいるわけでしょう。編集者であり、福音書記であるヨハネ自身の直接経験、宗教経験がなければ、あのイエスの言葉は書かなかった。だから、決してそれは。

八木 ヨハネって誰だかもわからない。

田中 史的イエスとかいうことを言うときには、さまざまな伝承が、わたしは全部大切だと思います。それで、わたしがなぜカトリックのテーゼを大事にするかというと、プロテスタントの旧約には聖典として採用されなかったもの、たとえば『ソロモンの知恵』、それから『集会の書』。これは『ベン・シラの知恵』といいますけど、この二人はカトリック教会の伝承の中で物凄く大事にされてきたわけです。

八木 そうですね。

田中 そして、恐らく典礼で引用されることが非常に多いし、この二つを抜きにしたら、たとえばデカルトもわからないし。

八木 アウグスティヌスなんかもね、よく引用してますよ。

田中 中世哲学も、アウグスティヌスもわからないです。それで、わたしはトマス福音書も非常に好きですよ。それで、わたしにとっては、異端であろうと何であろうとすべてが大事なんです。

八木 いや、大事といったら歴史研究の上では大事なんですけども。

田中 すべて大切にしたい。それでね。

八木 いや、それと話が違うんです。イエスの言葉かどうかという話と、思想史の上で大事か大事じゃないかという話は違うんだよね。

田中 しかし、もちろん史的イエスに対する研究もとても大事であると思いますけれどもね。しかし、典礼の中でそれを統合するときには、それはやはり一つの言葉、典礼のデータとして、そして、そこからわたしたちがそれをどのようにして統合するかという未来に向けて読まれてるんですよ。だから、必ずしも詩的事実がどうだったというのは、わたしから言えばその探求も大事だけれども、それはその時代の聖書学のレベル、研究段階によって変わるものだし、進歩ということが当然あると思います。

八木 全体としてはもうあんまり変わってないですね。

田中 だから、すべてそれは大事なんだけれども、しかし、典礼において、それを未来に向けて統合している、その働きもわたしは貴重な動向だと思います。

八木 それは教会の働きであって別問題。

田中 そうですか。だから、決して聖書学の史的イエスに関する実証的な研究を無視してるわけじゃないけれども、違う、さまざまな見方というものを統合する働きがあるということです。

八木 さっきの森さんの問題にかえると、言語って確かにいろんなレベルがあるんですよ。同じじゃない。やはりそれは区別して考えなきゃいけないということと。その点はおっしゃる通り。ただ、それぞれの機能としての、それぞれの独特の意味はあるんだと、そういうこと。それから、西田との、何か、僕とは違うとおっしゃってる。僕は最初から同じにしようなんて全然思ったことはないですね。

ただ、自分でやってたら似てきちゃったという。僕の本心を言いますとね、直接経験というところから始まって、自覚に現れてきたことを言葉にしてきたら似てきちゃったというのが僕の感想でね。たとえば、西田を僕流に昇華しようなんて思ったことはないので。だから、西田と僕の言ってること、共通点はあるだろうけれども、同じだとは思えないですね。たとえば、僕はイエスが神といった究極の場と、その中にある、イエスが神の国といった統合作用の場を区別する。場ははたらきの場で、はたらきが実現するところが「場所」(人格)、「神」と人との関係は「作用的一」。でも、非常に響き合うというか、西田が言ってることが響くという、それはあるんですよ。これは非常に大事ですよね。詳しく言うと時間がかかるからやめておきますけれども、確かに違うだろうとおっしゃれば、確かに違う。最初から同じにしようと思ったことはない。

金 既に七分ほど予定より過ぎておりますが、最後のセッションでもあり、これだけはどうしても八木先生に伺いたいという方がいらっしゃれば、お一人かお二人は良いかと思うのですがいかがでしょうか。今の田中先生のご発表を踏まえて、あるいはそれと別の角度で。

石井 さっきの森先生とのやりとりで、言葉が出てきた根源に帰って、そこからほかの人もわかる言葉に置きかえていくというのが、一つ、八木先生が考えられているモデルというようなことで。

それというのは、わたし、今度新しく共同訳聖書というのが翻訳されて、その外部モニターみたいな仕事をしたんですけれども、その翻訳ということ、式典みたいなもので、聖書というのは、ほかの宗教の聖典から比べた場合、物凄く翻訳の歴史を経てきて、日本語に翻訳されたとしても、それが文語訳から口語訳、そして三〇年ごとに改訳されていくという。なぜ、キリスト教というか、聖書は翻訳されていくかというのは、恐らく一つ、共同体性ということにもかかわってくると思うんですけれども。

これは八木先生がおっしゃっているような、翻訳をするというのは、同時にその根源に立ち返って、その共同体の中でわかる言葉に置きかえていくという営みだと思うんですが、翻訳や、あるいは釈義をするという、わたしは一応プロテスタントなので、しかもルター派なので、割と説教が大事になってくるというか、そこを柱にして、宗教改革で出てきたところを素地としているんですけれども、その、釈義をするということそのものが聖書の根源的な言葉に帰ってというようなところもあると思います。そこら辺を、八木先生のお考えをお伺いできればと思います。

今滝 それとの関連で、関連になるかわからないですけれども。済みません、先生。お話。

金 じゃあ、もう一つ。質問をまとめて先生が答えていただければ。

今滝 先ほど森先生が批判された、田邊哲学における種の論理。だから、これは方便。方便をどう、阻害体ではなくて生かすのかという意味で、田邊哲学の意義を、逆に僕は、きょうの菅原先生と田中先生の発表から、何か示唆を受けたように思ったんですけれども。八木先生自身の、田邊哲学における種の論理の評価をもし。

八木 随分違う問題です。まず、はじめのほうから、翻訳はキリシタンの時代から始まってやってるんですけど、僕の感じでは、いくら翻訳したっていい訳なら事柄がわかるってもんじゃないですよ。それが一。第二、プロテスタントとカトリックとの共同訳をつくったのが、問題が一つ。何かというと、教義は聖書の言葉に基づいているというんだけど、逆なんだよ。教義に合うように聖書を訳したりしている。

金 それもありますよね。

八木 冗談じゃないんだよ。やめてもらいたいよ。それからもう一つ。パウロが何言ってるのかわからない人が翻訳してるんだよ。たとえばね、コリント聖書の四章の四節に、わたしは自分を裁かないと。そういう言葉がある。裁きは主に委ねるってね。裁かないと書いてあるのを、「わたしはわたしを省みてやましいことはないけれども」と訳してる。それで、シュノイダ(σύνοιδα)と言うんです。シュノイダというのは一緒に知るということで、良心と自覚と両方の意味があるんです。ギリシャ語がそうだし、ラテン語もそう(conscio, conscientia)。パウロが言っているのは自覚のほうなんですよ。わたしはもう、自分の心を見つめて、よかったの悪かったのと判断するのはやめたと言ってるんですね。それを、良心のほうにとっちゃうものだから、「わたしは自分自身を省みてやましいところはない」と訳しちゃった。そうすると、わたしは、もう自分を裁かない、裁きはすべてキリストに任せたという、次の言葉と矛盾してるじゃないですか。そういう重要な箇所がたくさんあるんですよ。

それから、田邊元ですか。田邊元の、個と種と類の相互媒介、絶対媒介という論理なんだけど、その論理自体は非常に興味があるし、それから、僕の言っている統合体には、個と、それから統一と、それから統合という三つの要素があるわけでね。それに似てるんですよ。種(統一)の面が非常に強くなると、個がそこから自由になって、新しい共同体をつくる、それが類だといってる。そこが似ているの。

ところが、どこが決定的に違うかというと、少なくとも戦後までの田邊なんだけど、国家が類になっちゃう。国家が神格化されるんですね。だから、彼の国家論では、国家が菩薩の国になっちゃう。それが僕は間違いだと思うんです。国家というのは類じゃなくて種ですよね。類というのは、言ってみれば人類なのでね。国家を類と置くと、それが神聖化されるというかな。それが、僕は彼の決定的な間違いだったと思ってます。

金 ちょうど六時になりました。それでは、これをもちまして第四セッションを終わらせていただきます。どうもありがとうございました。