2016/10/07

平和世界を求めて : 新渡戸稲造「武士道」から見た日本精神

平和世界を求めて : 新渡戸稲造「武士道」から見た日本精神



2014年04月03日19:35

カテゴリ日本精神と日本の行くべき道



新渡戸稲造「武士道」から見た日本精神



たまたま図書館に行ったら新しく入った本の中に「武士道」の本があったので手にとってみた。

新渡戸稲造著 大橋小太郎訳の 超訳「武士道」 あ・うん  である。



内村鑑三所感集から宗教や教会のあり方を問う文をいくつか紹介してきた。

内村鑑三と並んで日本文化を欧米に紹介した代表的著作が新渡戸稲造の「武士道」である。

原題は Bushido:The Soul of Japan である。



「日本には宗教教育がない」とベルギーの著名な法学者との対話の中で答えた答えに自問しながら、学校で教わったわけではない。しかし日本人の精神に厳然と存在する道徳観は、どのようなものであるのか主に米国人である夫人との対話の中で西欧やキリスト教精神との比較の中で日本人の持つ道徳観を「武士道」という名で西欧の人々に紹介した名著である。



「武士道」というのは特別に体系化された、例えば儒学における朱子学のようなものではない。学校で教えられるために文章化されたり、教材のようにまとめられたものでもない。しかし武家社会の時代に政治を司る武士たちが普遍的に持ち形成されてきた精神的伝統であり、行動の規範、規律のようなものである。



武士の倫理観念を形成してきた「武士道」はどのように形成されたかと考えると、その精神思想の源流は仏教であり、神道であり、儒学の孔子であり孟子であり老子やその後の朱子や王陽明である



日本という国は全世界のあらゆる文化文明が最後に流入してそれらを融合し、そのエキスを吸収しながら独自の文化を形成してきた国である。

もとより精神文化においてしかりである。



魏志倭人伝には倭国には盗人がいないとの記録がある。古代から道徳性が高かったのであろう。そして邪馬台国の卑弥呼に関する記述のように祭祀が重んぜられていたことも確かである。岩座信仰や神祇信仰、古神道の伝承も残っている。

そこに仏教が伝来しさらに儒学も入って来た。最澄、空海の時代には密教や景教も伝来し、旧新約聖書ももたらされている。中国の宋から元、明の時代にには禅宗がもたらされあわせて朱子学や王陽明の学問もやってきた。キリスト教も伝来した。

これらがすべて集約され互いに影響を与え、形は違ってもその精神性の中軸となる教えが取り入れられ、教訓や掟や精神的風習となって日本の精神=武士道として形成されていった。



ここで私はイエス・キリストの教えの影響を述べておきたい。

イエス・キリストの教えとその伝承はイエスの十字架後その弟子たちによって広められていった。その主流はペテロやパウロによってローマ帝国に伝えられ、その後ローマの迫害時代を経過して、最後はローマの国教化してさらに世界に拡大していった。いわゆる西回りのキリスト教である。



ところがイエスの教えを携えて東に進んだ弟子たちがいた。その代表的人物がトマスである。トマスはインドに宣教に行きここで亡くなったと伝えられている。

東方のシルクロードの沿線や各地にはかつての古代イスラエルの末裔たちが各地にコロニーを形成していたと伝えられる。東方に進んだ弟子たちはこれらかつての同胞であるイスラエルの末裔を足がかりに東方へ布教を勧めていったのである。こうやって形成されていったのが東方教会であり。いわゆる景教である。そして東方に伝えられたイエスの教えとその伝承はインドや中央アジアやさらには中国の宗教や精神思想に影響を与え、あるいは融合して東に東に伝えられていったのである。



その終着点が日本であり。奈良や平安の都であった。そしてそれらが最終的に日本の宗教や精神風土を形成していった。



ザビエルが日本に来た時に日本人の精神性にキリストの教えや信仰に酷似したものを感じたことがザビエルがイエズス会に送った手紙の中に記されている。

また明治になってキリスト教を学んだ内村鑑三や新渡戸稲造が西欧キリスト教精神と日本精神に共通する要素を発見してそのことを著書に記してある。



日本に最初に伝来した仏教は弥勒信仰でこれはメシア信仰と仏教が融合した教えであった。弘法大師空海は密教を伝来したと言われるが、景教も学んでおり、真言密教には東方教会や景教の教えが色濃く内包されている。

達磨はイエスの教えに深く感化されていると見られ、禅宗はキリスト教徒極めて似通った教えを内包している。さらに法華経にも旧新約聖書の教えが内包され、その教えの精神はキリストの教えそのものといっても良い。

儒教でも特に陽明学は禅やキリスト教との共通性が指摘されている。



このように見ていくと日本精神はその形こそ、仏教の形態をとったり儒教の形態をとってはいてもその教義の内容やその精神性はまさに旧約聖書やイエスの教えそのものを、ある面では西洋キリスト教以上に濃厚に含んで発達してきたと見ることができる。

だからこそ、キリスト教徒となった内村鑑三や新渡戸稲造が自信を持って日本精神を西欧人に紹介したのである。



「武士道」というと一部に誤解がある。それは明治以降の軍人精神をイコール武士道精神と思い違っていることである。これは日本人自身のなかにもある。



明治維新は薩長の倒幕によって成し遂げられ、薩長が主軸の明治新政府が作られて、既に始まっていた欧米列強のアジア進出に対抗するために富国強兵策を取るようになる。

最終的に日本は日中戦争から大東亜戦争、日米戦争に敗北し軍部は解体された。

日清、日露の戦争を勝ち進み日本を劣等国から世界に伍する国家にまで盛り立てたのが「武士道」精神と見る向きがあるが、これは一面あたっているが一面は間違っている。



特に明治の維新は、本来我々が美徳とする武士道精神からすれば全く誤った考えと行動でなされたものと考えなければならない。

本来新渡戸稲造が「武士道」でも紹介したように、日本精神の美徳は「義」であり、「勇」であり、「仁」であり、「礼」であり、「誠」であり、さらには名誉であり忠義である。

不必要に人命を殺めるものでもない。ましてや仁義にもとる謀略や策略でもない正々堂々と戦いも道理に沿ったものとするのが武士道精神だったはずである。

明治維新はあらゆる謀略と策略と暴力によって成し遂げられたものである。

日本が日清、日露の戦いに勝ちはしたものの最終的に敗戦に追い込まれたのは、この間正しい「武士道」の精神が失われていたからとも言える。



だから中国や韓国、米国などは日本の「武士道」を誤って理解している向きがある。

明治以降の政治指導者や軍人たちが正しい意味での「武士道」を継承し学んでいたら、日本は無用な戦争やましてや敗戦というような悲劇は被らなかったのではと思う



忠臣蔵に見られるような仇討も、忠義の心が基準である。単なる仕返しではないのである。



さて、この武士道精神、どこで教えられ誰が教育したのかといえば、それは家庭であり、その父母や祖父母がその精神性を継承jして育ててきたのである

このあたりのことを含め引き続き書いてみたい。



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コメント一覧

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1. ひばごん 2014年04月04日 11:24

非常に、興味深い記事でした。是非、続編をお願いします。続編というより、シリーズ化してほしいぐらいです。



明治維新は、本来の武士道の精神からによるものでなかったとありましたが、あの時代の背景ではしかたなかったのではないでしょうか?実際、人を信じて事実を訴えた吉田松陰は死刑になりました。「謀略と策略と暴力」も仕方なかったのではないかと感じたりもします。今のこの時勢。あの時代とかぶるのは私だけでないと思います。失敗を繰り返さない為にも、ご共助を。



「武士道」この本来の姿。教え。精神。もう少し掘り下げて、是非、記事にしてください。

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2. キビコジ 2014年04月04日 19:16

ひばごん さん

ありがとうございます。



ご要望に応えて引き続き「武士道」取り上げていきます。このテーマでは構想はありますが、書き溜めたものがないので少しずつになりますが、よろしくお願いいたします。



明治維新の謀略や暴力~

確かに、必要悪的なことはあったと思います。ただ本当の意味での優秀有能な人物が明治政府を率いたかというと、問題があると思います。



明治新政府の特に宗教・思想政策において問題があったのではと思います。「武士道」とも関連する内容があると思います。~このあたり私もヒントは得ていますが、きちんと整理すつところまでは行っていません。少しずつブログに書きながら、みなさんのご意見も聞きながらまとめていければと思っています。



どうぞよろしくお願い致します。