2015/07/27

Amazon.co.jp: 思い出袋 (岩波新書): 鶴見 俊輔: 本

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最も参考になったカスタマーレビュー

33 人中、31人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。投稿者 野火止林太郎 投稿日 2010/3/24
形式: 新書
鶴見俊輔が80歳〜87歳の期間、岩波の『図書』で連載したエッセイの集成。終章は書き下ろし。

<この戦争で、日本が負けることはわかっている。日本が正しいと思っているわけではない。しかし、負けるときには負ける側にいたいという気がした。>(p34「駆けくらべ」)

アメリカの戦争捕虜収容所にいた19歳の鶴見少年は、日米交換船に乗って敗戦前の日本へ帰国する。
こんな風なものの言い方をしていて、その言を信じられるほとんど唯一の存在、それが評者にとっての鶴見俊輔だ。
<負けるときには負ける側にいたい>この言葉だけで深く打たれるものがあるが、それが信じられるとは崇拝しているからなのだろうか? 嘘ではないか? いや、そういうものではないと思われる。全部とは言わないが、多くの著作を読んできた一読者の率直な感懐として、鶴見のこの言が信じられるのである。

67ページの「弔辞」では、三島由紀夫の“自死”に対する吉本隆明の弔辞が引用されている。

<知行が一致するのは動物だけだ。>
<「知」は行動の一様式である。これは手や足を動かして行動するのと、まさしくおなじ意味で行動であるということを徹底してかんがえるべきである。つまらぬ哲学はつまらぬ行動を帰結する。なにが陽明学だ。なにが理論と実践の弁証法的統一だ。>
<こういう哲学にふりまわされたものが、権力を獲得したとき、なにをするかは、世界史的に証明済みである。>

これをすぐれた弔辞であるとしつつ、鶴見は三島への追悼の心もあると言う。金芝河の三島に対する罵りを退けることはできないとしながらも。

自己の歴史に対する応接を率直に描きながら、自らに深く錘を垂らし、それでいてユーモアを失わない見事なエッセイ集。
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11 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。投稿者 麒麟児 VINE メンバー 投稿日 2010/5/2
形式: 新書
内容的には、氏の数多くの著作とかぶる部分も多いが、氏の若々しい思考(特に日本の学校教育批判)と堅忍不抜の立ち位置(特に阿部定賛歌)を感得することができる。

「大学とは、私の定義によれば、個人を時代のレヴェルになめす働きを担う機関である」(81頁)。
「相手の言うことをゆっくりきかずに「あなたはまちがっている」と決めつけるのは、自分のただひとつの解釈によって相手をたたきのめす習慣で、それが欧米から日本に移ってきて、学校秀才のあいだに広く行われる」(120頁)。
「阿部定は、自分の行為が自分にもたらした罰を受けとめて、悔いるところがない。阿部定は私にとって、国家純粋化とはちがう生きかたを、自分の行為の帰結としてしっかり生きる人に思われる。断じて国家を絶対化しない立場を選ぼうと私が志すとき、今も阿部定は好きな人である」(128頁)。
「日米交換船に乗るかときかれたとき、乗ると答えたのは、日本国家に対する忠誠心からではない。なにか底に、別のものがあった。国家に対する無条件の忠誠を誓わずに生きる自分を、国家の中に置く望み」(225頁)。

それにしても、留学当初英語が不得手であった氏が、勉強を重ねて高熱のため教室で昏倒し、「一週間ほどして教室に出てゆくと、英語がわかっていた。口をあけると、日本語が出ない」(188頁)という挿話には驚いた。一見悠々たる氏の語り口の背後にある経験の豊かさそして苛烈さにこころしながら味読したい一書である。
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26 人中、23人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。投稿者 ringmoo トップ1000レビュアー 投稿日 2010/3/30
形式: 新書
87歳と言う年齢が書かせる思いなのでしょうか。その文章は切々と胸に響きます。
80歳から7年間「一月一話」の形で書き継がれた思いは、広い分野に渡ります。そこに著者の経験と知識が集大成されているように思います。

学生時代をアメリカで過ごし、戦争によって戦争捕虜収容所から自らの意思で日本に帰国します。ドイツ語通訳者として従軍するも病に冒され帰国します。

そのアメリカからの帰国は、日本と言う「国家」に帰るのではなく「社会」に帰ると言う意思の表れでした。
裏返せば、「法律上その国籍をもっているからといって、どうしてその国家の考え方を自分の考え方とし、国家の権力の言うままに人を殺さなくてはならないのか。」と言う疑問として表現されます。
それは、カール・ヨーキム・フリードリッヒの「民主主義を支える柱・・・として普通人(コモン・マン)をあげる。普通人は、まちがうこともあるが、長い年月をかけて持続する状態で見ると、まちがわない」と言う考え方に同感するからだろう。

そして、バラク・オバマのアメリカ大統領就任が、「自分の富の増大と地位の向上をめざすことが人間の使命だというような精神社会」が、「伝統的なものと奥の方で結ばれているそれぞれの社会の抵抗する精神」を弱体化させたアメリカを安定化させることが出来るのか
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16 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。投稿者 小次郎 トップ500レビュアー 投稿日 2010/4/19
形式: 新書
新書本220ページ、1本のコラムが約3ページ。
計70ほどのコラムが淡々と並ぶ。

  80歳になった。子供のころに道で出会った、ゆっくり歩いている年寄りを
  思い出す。その身ぶりに今の自分が似てくると、その人たちの気持ちも
  こちらに移ってくる。その人たちは1840年ころに生まれた。
  黒船が来た時にはおどろいただろう。

……と始まり、

  ヴェトナム戦争は、アメリカがアメリカと戦って敗れた戦争である。
  そのことをアメリカ国民が理解するのはいつか。

……の1文で終わる。言葉の断片は、時に私の気持ちを引っ掻いたが、
不快感はない。アフォリズムの究極の形を見る思いでもあった。

テーマは縦横だ。しかし貫くものはある。
それは、80歳になってなお歴史や、あるいは死や生と真摯に向き合う姿勢であり、
しかもそれらが、ほとんど「気負い」のないことだ。

こういう爽やかで充実した読後感になる本は、
年に何冊もない。一気に読めたのも、文章の平易さからだ。
いま著者は87歳だが、「さすが」と思わせる本だった。
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