武士道と宣教
―新渡戸稲造―
初出 2004/10/26
改訂 2014/11/21
新渡戸稲造著、『武士道』
既成のキリスト教を厭(いと)いつつも、生けるキリスト、復活のキリストを慕ってやまない信仰者がいる。
3それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。4しかし、彼に対する御告げはなんであったか、「バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたしのために残しておいた」(ローマ人への手紙11章)
世に有名無名を問わず、このような、バアルに膝をかがめぬ神の民を、いつの時代にも、神様は遺しておられる、[主題「遺れる民」参照]。
百年前に英文で書かれた新渡戸稲造(1862-1933)の『武士道』(1899)が、日本国内で、最近急に出版され出した。邦訳は、大分前に出たものが、重版されている。新しいものもある。それに、邦訳を用いて、自分の意見を言う著書も出ている。現在日本の状況を憂うる著者らの、やむにやまれぬ行動である。
新渡戸先生は、武士道を日本の旧約として、その上に新約の生命を重ねようとなさった。本来の聖書的、ヘブライズムのキリスト教は、雄々しい信仰である。そこに、武士道に通じる門が開かれている。多くの宣教師が、日本のこの武士道精神を踏まえて宣教したのなら、日本のキリスト教は違うものになっていたと、先生は、事ごとに嘆息し批判しておられる。今からでも遅くないと、希望をもっておられたであろう。しかし、外国人宣教師からでなく、日本人キリスト者自身が目覚めるべきであろう。それは無でなかった。
新渡戸先生は、陰に陽に、武士道とキリストの信仰との関係を示しておられる。しかし、『武士道』をそのように解説している著作は、ほとんど無いに等しい。これを引出して、主題の主旨を述べたい。
引用する邦訳は、古くからのもので、最近も重版されたものである。
[矢内原忠雄訳、『新渡戸稲造著、武士道』、岩波文庫、1938初版、2004.3第80刷]、
[奈良本辰也訳、『新渡戸稲造著、武士道』、知的生きかた文庫、三笠書房、1993初版、2004.3第32刷]。
前者は、古文調でやや固いが、名文である。ここでは、前者を引用する。引用した頁を【】に入れて記す。2字分下げて、太字でしめす。なお、後者も並べて読まれると良い。後者は現代訳である。訳者註が充実している。
日本の現状を憂うる人々が、『武士道』を引用して、盛んに自説を述べている。武士道と表紙に記されてないものでも、これを引いて語っている。日本人の心に潜在している「武士道」を、顕在化することにより、日本人の魂に活を入れようとの努力である。台湾の李登輝元総統のものもある。「日本人よ大和魂を回復せよ」との祈りからである。
志村史夫著は矢内原訳を用い、一部は、著者の言葉で抄訳する。そして自説を加える。著者から筆者へのメール:
『生命之命』の御恵贈、恐縮です。ありがとうございます。先月末、[拙著、『いま「武士道」を読む』、三笠書房、「知的生き方文庫」]、が出ましたが、この本で小生が訴えたいことは、まさに、『生命の光』、「私たちの信条」の冒頭に書かれています、「日本の精神的荒廃を嘆き、大和魂の振起を願う」ということであります。2003.7.2
生きるのも主のために
人々が引用している武士道そのものに触れる前に、多くの『武士道』紹介者に、ほとんど無視されている内容に注目する。それは、内村鑑三先生(1861-1930)とともに、クラーク先生(1826-1886)の影響を受けたキリスト者としての新渡戸先生の、面目躍如たるキリスト教関係の言葉である。
百年前の『武士道』と現在のちょうど真中で、手島先生(1910-1973)は『聖霊の愛』を発表された、[手島郁郎著、『聖霊の愛』、キリスト聖書塾、1950初版、1979改訂5版]。その序説、「霊(みたま)の恩頼(ふゆ)」に、日本歴史を旧約とし、そこに原始福音的キリストを宿らせたいとの、熱願が秘められている。すなわち、お二人の明治人共通の思いである。
キリストにある者としての私たちは、新渡戸先生が述べる、『武士道』の中のこの点に、もっとも関心を持つ。そして、いちいち断らないが、手島先生が私たちに諭されたことに、いかによく似ているかを、悟るであろう。
手島先生は、[「武士道的な宗教」、『生命の光・364号、1981.9』、24頁]で、
7すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない。8わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。(ローマ人への手紙14章)
を引いて言われる。
昔の武士は、“生きるも、死ぬも、すべては主君のために”と言って、烈々たる精神に貫かれて生きていまして、何だかコレは、武士道の精髄を述べているかのようにさえ思われます。内村鑑三や新渡戸稲造の信仰が、コレでした。
グリッフィスの緒言
『武士道』第十版の序文の次に、W.E.グリッフィス(1843-1928)の緒言がある。彼は東京開成学校などで教鞭をとり、1874年に帰国している。日本と日本人を愛し、好意的に紹介している米国人である。そこに実によく、『武士道』の真髄を述べている。その最後に言う。
【23頁】 聖霊の働く途、ならびに人の友たる絶対者(キリスト)によって人類の歴史が導かれることを知る学者は、(一方で)すべての宗教においてその創始者ならびに基礎的経典の教えと、(他方で)これに対する民族的、合理的、教会的なる追加添付との間に区別を立てざるをえぬではないか。著者が序言において暗示したところの、各国民それぞれの「旧約」をもつとの教義は、破壊するためではなく完成するために来たりたまいしキリストの教えである。日本においても、キリスト教はその外国的な型や包装を解いて、異国品たることを止め、武士道が成長したその土壌の中に深く根を張るであろう。締めつけている紐と外国的制服とを脱ぎ去りて、キリストの教会は大気のごとく国風と化するであろう。1905年5月
これは、矢内原訳にしかのってない。貴重な証言である。今回の主題も、この線に沿って述べる。
なお、「完成するため」との「キリストの教え」は、主イエスご自身の、次の御言葉を思い起こさせる。
39あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。(ヨハネによる福音書5章)
各国民それぞれの「旧約」
新渡戸先生が、「第一版への序文」、1899年12月、で断っている。先生の、キリストを信ずる信仰告白でもある。
【12頁】 宗教上の問題もしくは宣教師に説き及んだ私の言が万一侮辱的と思われるようなことがあっても、キリスト教そのものに対する私の態度が疑われることはないと信ずる。私があまり同情をもたないのは教会のやり方、ならびにキリストの教訓を暗くする諸形式であって、教訓そのものではない。私はキリストが教え、かつ『新約聖書』の中に伝えられている宗教、ならびに心に書(しる)されたる律法を信ずる。さらに私は、神がすべての民族および国民との間に――異邦人たるとユダヤ人たると、キリスト教徒たると異教徒たるとを問わず――「旧約」と呼ばるべき契約を結びたもうたことを信ずる。
この最後のところを、手島先生の言葉で敷衍する。[前掲、『聖霊の愛』、8頁]。
日本人の外側は変貌しても、日本人の実存は変わらないはずだ。日本の古典が現代のわれら日本人に、民族実存への回帰を大きく呼びかけてくるのは、私に大いなる驚きであり、強い霊感である。これこそ私たちの知らざる「旧約」であり、先祖の遺してくれた最大の遺産であろう。「旧約なければ新約なし」という。この貴重な民族の実存的霊性の上に、新約の聖霊とどまり給うとき、必ずや日本人は世界の光となるであろう。
私たちは、旧約聖書の中にすでに、新しい契約についての預言をみることができる。
31主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。(エレミヤ書31章)
これはそのまま、ヘブル人への手紙8章8節に引用されている。こうして、新しい契約の中保者なるキリストを述べ伝える。
霊魂に感激を覚ゆる時
武士道を説明するため、新渡戸先生は、古今東西の書を引用する。その中で、聖書は最大のものである。
その中で、先に示した序文もそうであったが、キリスト教とはっきり述べて、評論ともいえるものが、いくつかある。まず、ここから引きたい。
第十一章「克己」の中で、リバイバルやコンバージョンについて述べる。
【93頁】 日本のキリスト教会において信仰熱復興(リバイバル)の頻々たらざることもまた、同じく自制の鍛錬によって説明せられる。男子でも女子でも己れの霊魂に感激を覚ゆる時 {筆者注:これは聖霊を受けての回心、コンバージョンである}、その最初の本能としてその外に顕わるることを静かに抑える。不可抗的の霊によって舌が自由にせられ、誠実と熱心との雄弁 {聖霊を受けたときの異言} をもつは稀なる例においてのみである。軽々しく霊的実験を語ることを奨励するは、第三戒――〔「汝の神エホバの名を妄(みだり)に口にあぐるべからず」〕――を破ることを教唆するものである。日本人の耳にとりては、最も神聖なる言葉、最も秘かなる心の実験を烏合の聴衆の中にて述ぶるは眞に耳ざわりである。「汝の霊魂の土壌が微妙なる思想をもって動くを感ずるか。それは種子の芽生える時である。言語をもってこれを妨ぐるな。静かに、秘やかに、これをして独り働かしめよ」と、ある青年武士は日記に書いた。
新渡戸先生も、霊的体験をしておられる。だからこそ、コンバージョンの細かい点について言える。上記の若いサムライとは、先生自身であろう。
旧約聖書に残されているものを、示す。それは、主の預言に満たされた状況である。聖霊を受けた魂が語らせてやまない時である。
9もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火の/わが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。(エレミヤ書20章)
一方、日本人が、それを顕わにしないのは、先祖代々、克己(自分の欲求も、あえて抑える心)の訓練のためであると言う。その日本人にして、私たちの聖霊体験は、あふれてしまうのを、おさえようとしても、おさえきれない強さで迫られるからではなかろうか。しかしまた、私たちも、聖霊によって与えられる異言の聖別には、心しなければならない。
内村先生が英文で書かれた有名な著書『予はいかにしてキリスト者となりしか』のように、新渡戸先生もまた、武士がキリスト者になった状況を語れる人である。それをせず、日本武士に名を借りて、『武士道』を記した。
だが、『武士道』を仔細に読んでみると、各所に、先生の信仰が表れている。そしてさらに、武士道に育てられた日本人が、どのようにキリスト教に接したかを述べる。その底には、武士道を持った日本人を、いかにしてキリストに出会わしめるかの、苦心がちりばめられている。どうぞ、一人ひとり、このことを覚えて、『武士道』そのものを読んでいただきたい。
日本の歴史に無知な宣教師
新渡戸先生は、外国人宣教師の伝道方法に苦言を呈している。日本人の本質、とくに武士道をしつけられた日本人を知らずに、他の未開発部族と同じようにやっているのを、告発する。
第十六章「武士道はなお生くるか」
【135頁】 近頃二、三の著者は新日本の建設に対しキリスト教宣教師が著大なる割合の貢献をなしたということを証明しようと試みた。…しかし、右の名誉はいまだ善良なる宣教師たちに授与せられ難きものである。……私一個としては、キリスト教宣教師は日本のために教育、ことに道徳教育の領域において偉大なる事業をなしつつあると信ずる――ただし聖霊の活動は確実であるが神秘的であって、なお神秘なる秘密の中に隠されている。宣教師等の事業はなお間接的効果あるに過ぎない。否、今日までのところキリスト教伝道が新日本の性格形成上貢献したるところはほとんど見られない。否、良かれ悪しかれ吾人を動かしたものは純粋無難の武士道であった。
少し前に、キリスト教宣教百年と言われた年があった。その初めすなわち百年前の著作において、すでに宣教師に対するこの批判である。私たちの伝道も、純粋にキリストの霊に導かれたものでありたいと、なお姿勢を正すものである。
同じ章の中で、追い討ちをかけるように、再び述べる。
【139頁】 我が国におけるキリスト教伝道事業失敗の一原因は、宣教師の大半が我が国の歴史について全然無知なることにある。或る者は言う、「異教徒の記録などに頓着する必要があろうか」と――その結果として彼らの宗教をば、吾人ならびに吾人の祖先が過去数世紀にわたりて継承しきたれる思索の慣習から切り離してしまうのである。
このことは、キリストの時代から、そうであった。
52あなたがた律法学者は、わざわいである。知識のかぎを取りあげて、自分がはいらないばかりか、はいろうとする人たちを妨げてきた(ルカによる福音書11章)。
百年前の新渡戸先生の原始福音的発言に快哉を叫ぶ我々も、その伝道方法について、ひとごとと笑ってはいられない。
敬天愛人
これ以上『武士道』の各論に入らない。後は読者みずからが、『武士道』そのものに触れることに委ねる。
ただひとつ残したものを、以下に示す。
第8章「名誉」
【75頁】 西郷(南洲)から引用しよう。曰く「道は天地自然のものにして、人はこれを行なうものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛したもう故、我を愛する心をもって人を愛するなり。人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」と。これらの言は、吾人をしてキリスト教の教訓を想起せしめ、しかして実践道徳においては自然宗教もいかに深く啓示宗教に接近しうるかを吾人に示すものである。以上の言はただに言葉に述べられたるに止まらず、現実の行為に具体化せられた。
ここまでが、新渡戸先生の言葉である。自然宗教は日本のもの、啓示宗教はキリスト教である。聖書を知らなかった日本人に、聖書にかぎりなく近い宗教心のあったことを、武士道の一つとして述べている。
すなわち、主イエスは語り給う。
36「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。37イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。38これがいちばん大切な、第一のいましめである。39第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。40これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。(マタイによる福音書22章)
西郷さん(1828-1877)は、ほんとうに聖書を読まなかったのだろうか。実は、二宮尊徳()をはじめ、多くの日本人に、聖書との関係を感じる。英文で書かれた内村鑑三著、『代表的日本人』のすべては、いわゆるキリスト者でない人々で埋められている。内村先生の反骨精神があえて、そうしたのではなかろうか。すなわち、西郷隆盛、上杉鷹山(1751-1822)、二宮尊徳(1787-1856)、中江藤樹(1608-1648)、日蓮上人(1222-1282)、[鈴木俊郎訳、岩波文庫、1941初版]。このうち藤樹は、いささか聖書に関係があるという。
武士の改革精神
なお、武士道には、封建制度と矛盾しているようであるが、改革精神が含まれているのではなかろうか。幕末・明治維新における武士の活動は、それを示す。
【136頁】日本の変貌は全世界周知の事実である。かかる大規模の事業にはおのずから各種の動力が入りこんだが、しかしもしその主たるものを挙げんとせば、何人も武士道を挙ぐるに躊躇しないであろう。全国を外国貿易に開放した時、生活の各方面に最新の改良を輸入したる時、また西洋の政治および科学を学び始めた時において、吾人の指導的原動力は物質資源の開発や富の増加ではなかった。いわんや西洋の習慣の盲目的なる模倣ではなかったのである。……
タウンゼンド氏が、日本の変化を造り出したる原動力はまったく我が国民自身の中に存せしことを認識したのは、誠に卓見である。しかしてもし氏にしてさらに日本人の心理を精察したらば、氏の鋭き観察力は必ずやこの源泉の武士道に他ならぬことを容易に確認しえたであろう。劣等国と見下されることを忍びえずとする名誉の感覚――これが最も強き動機であった。殖産興業の考慮は、改革の過程において後より目覚めてきたのである。
一方、主イエス・キリストこそ、改革精神の持ち主であられた。キリスト者たるもの、主様の精神を継がねばならない。それは、自分の主義主張を押し通す精神の問題というより、父なる神が絶えず指し示しておられる導きに沿うからである。
36しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力あるあかしがある。父がわたしに成就させようとしてお与えになったわざ、すなわち、今わたしがしているこのわざが、父のわたしをつかわされたことをあかししている。(ヨハネによる福音書5章)
自由の民、日本民族
なお、外国人が日本人の宗教心をどうみていたかのいくつかの例を示す。
戦国時代の終わり頃、日本にはじめてやってきた宣教師の、フランシスコ・ザビエル(1506-1552)は、はじめ上海を足がかりに、中国伝道を志していた。そこで、ある普通の日本人に会った。その品格をみて、日本人こそこの福音になじむ民族であると確信し、日本に来たという。さもありなんと思う。果たして、多くの日本人がキリストを信じるようになった。その中には、日本を動かすほどの人物も含まれていた。
しかしザビエルに続く宣教師の、福音宣教のあとに政治的占領の思惑をみて、秀吉らは、キリスト教を禁止した。鎖国を含め、それは、明治維新まで続く。これ以上ここで、歴史の批判は避ける。改めるべき点に対応するのは、私たちの責任である。
もうひとつ、
今から八十年以上も前に、あるユダヤ教のラビが日本人に聖書の信仰を伝道したいとの希望を抱き、ラビ・アブラハム・クック(1865-1935)(後のイスラエル国首長ラビ)に助言を求めている。
ラビ・クックの答えは、「日本民族は啓蒙された民であり、自由の民である。彼らはその長い眠りに終わりを告げ、みずみずしい生命をもって立ち上がった。この民は、他の民族よりも澄んだ目をもってイスラエルの光を見ることができる。だから注釈を加えずにオリジナルなものを与えたら、日本民族は洞察できる」というものだった。[『ユダヤに学ぶⅠ』、キリスト聖書塾、1988、221頁]
百余年前の日本人の中に、新渡戸稲造、内村鑑三、その他による外国語で日本を紹介した先達らがいる。ラビ・クックも、それらに目を通していたのであろう。彼らの働きがいかに大きかったかを垣間見る思いがする。
主イエスが今、日本に来られて、次のように感嘆される人が、どれほど存在するであろうか。
10イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた人々に言われた、「よく聞きなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない。(マタイによる福音書8章)
十字架の御血を通して、聖霊の恩寵に浴した者の使命は大きい。