2026/01/18

【書評】「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本 和広

【書評】「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本 和広

【書評】「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本 和広

2022/07/29公開 更新
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「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本 和広


【私の評価】★★★★☆(88点)


要約と感想レビュー


ヤマギシ会に入る

安倍首相の暗殺で注目された統一教会では、合同結婚式を行っています。どうすればこのような異常な行事を行えるるのか?洗脳について興味を持ち、手にした一冊です。


この本ではヤマギシ会という農業・牧畜をしながら共同生活を行っている組織の洗脳の手法を紹介しています。1997年と古い本なので、現在のヤマギシ会がどうなっているのかわかりませんので、洗脳の手法だけ紹介していきましょう。


ヤマギシ会に入るためには、特別講習研鑽会(以下特講)に参加する必要があります。「特講」を受けると、人が変わったようになり仕事も財産も家族をも投げ捨ててヤマギシ会に入る人が出てくるというのです。著者も実際に「特講」を受けてみることにしました。


著者が受けた「特講」には、男53人、女36人の89名が参加していました。男性のうち46人は、妻がヤマギシ会にハマリ、妻から特講を受けなければ離婚すると言われて、しぶしぶ参加した人だったという。


8日間の「特講」では、食事は一日二食。寝るときは一つの布団に二人で寝ることになります。この布団に二人で寝るのが曲者で、著者は隣の人が気になって寝不足になったという。


また、持ち物を没収され、担当者から指示される生活を続けていると、不安になり集団に溶け込みたいという気持ちになったというのです。同時に、自分の頭で考えることもできなくなっていったというのです。


あなたはいつも腹を立てている。その性格を直すために「特講」に行って欲しい。気持ちが楽になるし、幸せになれる。(p111)

特別講習研鑽会(特講)の内容

「特講」では担当者(係)が質問して、参加者が一人ひとりが質問への答えを発言するという形で進みます。


まず、「嫌いな食べ物を出し合ってみましょう」と質問され,嫌いな食べ物をあげていきます。そして、「それは嫌いなものですか」と係が質問を続けるのです。「嫌いなものは嫌い」と答えても、「それは嫌いなものですか」とひたすら質問し続けられます。


そのようなやりとりをひたすら続けていると、「卵を嫌いといいましたが、卵は卵であって、卵が嫌いなのは自分に原因があるのではないか」と言う人が出てきたり,別の人は「ゴキブリがただのゴキブリに見えてきました」という人も出てきたりするという。


次は「腹が立つ」ことについても,同じことを繰り返します。「なぜ、腹が立つのですか」とひたすら聞かれていると、不安になり、寝不足の中で、そこに答えを出さなければという心理になってしまうという。「腹を立てても問題は解決しない」と発言する人がでてくるのです。


また、「角が取れた」「楽になった」と発言する人もあり、そうした人に後でインタビューすると、「仕事をやめようと思えばやめられる、やろうと思ったら何でもできる」と満足感を味わい、同時に快感が走り、心が軽くなったと回答していたという。


他の人の例は、意識が宇宙に飛び出したり、観音様が登場したり、お腹に光が生まれたなど涙を流しながら、こうした超常現象を感じていたと証言する人もいたというのです。


意識が宇宙に飛び出し、観音様が背中に登場する。食器が踊り、お腹に光が生まれる。彼らの話は驚きの連続だった(p219)

「幸福一色・快適社会」を輪読

その他には、ヤマギシのテキストを読み上げて、参加者に感想を求めるというワークもあります。これは、ヤマギシのテキストの内容を頭の中にイメージとして残すことを目的としているようです。


例えば「世界革命実践の書」では「幸福一色・快適社会」を輪読し、そのイメージがヤマギシ村で暮らしたいという希望をインプットさせるという。


我欲を捨てることが前提となっているヤマギシ会では結婚は恋愛ではなく、調正係が結婚相手を決めることになります。それも男性の多いヤマギシ会では20代前半の女性と30、40代の男性が結婚するというパターンが多いのです。


そのため小学校の娘を持つ村人の一人は、娘を中年男に嫁がされると思うとやりきれなくなり、ヤマギシ会を脱退したという。我欲、我執のない人間が集まっているという理屈なので、何をしても問題ないということなのでしょう。


山岸巳代蔵は、男性の村人を一列に並ばせ、襖一枚隔てた部屋で女を寝かせ、一人ずつ交尾した。それは男性に我執が起こらないか研鑽するためだった(p307)

寝不足にする。質問を繰り返して圧力をかける

ヤマギシ会の「特講」での洗脳のコツは、持ち物を取り上げて不安にすること。寝不足にすること。繰り返し質問を繰り返して圧力をかけること。洗脳したい内容を読ませ、意見を求めるなどです。高いストレスの中で、その状態から逃げ、自分を守るために脳がその状態を肯定する全能感、多幸感を持つ状態になっているようなのです。


これは日本の検察の長い取り調べや、ウイグルで行われている収容所での洗脳教育と同じものに感じました。普通の人間は長時間のストレスに耐えられないのです。洗脳についてはもう少し調べてみます。米本さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・村人の労働は厳しい・・・年間の総労働時間は4000時間弱に及ぶ(p41)


・特講生の23、4%が研鑽学校に入り、特講生の6%弱が村に入ってきます(p252)


・研鑽学校の最終日に参画請願の署名をすると、村人から財産目録を記入するように指示される(p289)


・村に参画するのは、親への情という執着を断ち切った人である・・・ところが、親への執着は断ち切れといいながら、親の遺産には執着しろというのである(p296)


▼引用は、この本からです
「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本 和広
米本 和広、洋泉社


【私の評価】★★★★☆(88点)


目次

僕なんか死ねばいいんだ
地上の楽園
脱走する子どもたち
交わることのない"二つの真実"
脳を洗う
脳を洗った八十八人のその後
脳に浮かんだユートピア
「地上の楽園」の実態
ユートピアの終着点



著者経歴

米本 和広(よねもと かずひろ)・・・1950年生まれ。横浜市立大学卒業。「識研新聞」記者を経て、フリーのルポライター。著書に『カルトの子』、『我らの不快な隣人』、『教祖逮捕』など多数。書籍に対して、カルトと指摘されたヤマギシ会、ライフスペース、幸福の科学が裁判を起こしたが、いずれも棄却判決(筆者勝訴)となっている。


ヤマギシ会関連書籍

「「ヤマギシ会」と家族: 近代化・共同体・現代日本文化」黒田 宣代
「洗脳の楽園―ヤマギシ会という悲劇」米本和広
「カルトの子―心を盗まれた家族」米本和広



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https://ameblo.jp/yuuqyu/entry-12113351375.html

米本和広「洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇」★★★★★

2016-01-03 16:20:55

テーマ:本・雑誌

米本和広「洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇」★★★★★


特講の体験ルポが凄い。洗脳の過程がよく分かる。人は簡単に洗脳されてしまうことに驚く。

学生時代に高田馬場駅近くのヤマギシ会東京事務所を本を買うために訪問したことを思い出した。はまっていたら大変だった。



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『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広(080913)


 米本和広さんの『我らの不快な隣人』,『カルトの子 心を盗まれた家族』を読んで,大宅壮一賞候補になった本書も,是非とも読んでおかねばと思いました。本書では,ヤマギシ会のいわゆる「洗脳」の要である「特講」に参加,取材した体験を中心として,〈ヤマギシ会とは何なのか〉が米本さんの体験や見聞を踏まえて語られています。米本さんは『Views』に連載した「巨大カルト集団 ヤマギシ“超洗脳”体験ルポ」で1997年に日本ジャーナリズム賞を受賞。戦場や犯罪の現場などに取材に行くのも怖いけれど,こういう取材も怖いですねえ。ルポライターさんやカメラマンさんは大変だ。ご苦労様です。ありがとうございます。


■『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』(米本和広/洋泉社/本体:2,200円)


 本書は1997年12月発行。約10年も前の本です。私はヤマギシ会ではなくて,「洗脳」に大きな興味あり。


 以下,ざっと基礎知識。ヤマギシ会の村(=ヤマギシズムを実際に顕した地という意味で「実顕地」と呼ばれる。030ページ)の住人となるには,「特講」(1回受けたら2度と受けられない)を受け,「研鑽学校」に入り,土地を含めすべての財産を提供して「参画請願」をする(048ページ)。住人となったら,農業を中心とした労働(無給!)はしなくてはならないものの,村内ではお金を払うことなく衣食住が満たされる。もちろんいつでも腹一杯食べられる。住民は「無所有一体」という考えを共有しており,たとえば下着以外は衣服も風呂で使うタオルも共有。外出に必要になるおシャレな服・靴・装身具など(グッチやバレンチノもあるそうです。035ページ)は,「衣生活館」といった,無料のレンタルショップのようなところで入手。散髪も病院も葬儀も墓も無料。住民は「無我執」(むがしゅう)という考え方も共有しており,自己や所有へのこだわりを持たない(=だれとでも仲良くできる)のだそうです。「自分の子」も「自分」も自己のものではないという考え。「私は世界であり,世界は私だ」的な,わかるようなわからないような境地であります。子供は村社会のものなので,親元から離れ別の施設で生活します。


 本書の章立ては以下のとおり。


 プロロ-グ 僕なんか死ねばいいんだ

  第一章 地上の楽園

  第二章 脱走する子どもたち

  第三章 交わることのない〈2つの真実〉

  第四章 脳を洗う(四月二八日~二九日)

  第五章 脳を洗う(四月三〇日~五月五日)

  第六章 脳を洗った八十八人のその後

  第七章 脳に浮かんだユートピア

  第八章 「地上の楽園」の実態

  第九章 ユートピアの終着点

 エピローグ 重い十字架

  ヤマギシ実顕地での事故一覧表

  あとがき


 第四章・第五章で,洗脳のための「特講」の様子が具体的に報告されています。第六章では,米本氏が作成した特講の記録を読んで,精神科医の斉藤環氏が「記録を読むと,特講を受けた人は解離状態になっていますね。あなたも軽い解離状態に陥っていたようです。(中略)報告を読んでいたら,私まで気分が悪くなった」とおっしゃったことが紹介されています(209~210ページ)。そうなんです。私も第四章・第五章を読んで,すっかり気分が悪くなってしまいました。解離状態というのは酔って判断力がおかしくなったときのような状態を言うようです(210~211ページ)が,私は,シラフで判断力がおかしくなってくることによってやたら気分が悪くなる感じでした。車酔いとか鏡の間に入ったときの混乱のよう。一服で酔いが治る薬とか,すぐ脱出できるドアとか,単純な「問題解決法」が欲しくなります。


 第六章以降では,「親に捨てられた子どもたち」のこと,米本氏と一緒に「特講」を受けた人たちのその後などに触れつつ,ヤマギシの実態が批判的に明らかにされていきます。決定的に個人や家族をダメにしかねない,こういう「特殊な大きな社会」が,現実に合法的に今も存在していることに驚きます。何とかならないのかと強く思うものの,かなりムズカシイ問題です。思想良心の自由に対する制限を認めるわけにはいきませんものねえ。なので,大人はともかくとして,せめて子供の保護については,身体検査・精神鑑定などを駆使して,できないものですかねえ?

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https://193pub.com/?page_id=11008

米本和広『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』|||

 Home > 「正しい」を疑う


以下は、1993年発行・宝島社文庫版による

『増補・改訂版 洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』

米本和広(よねもとかずひろ著)

1997年に洋泉社より刊行された同名単行本を増補改訂したもの

 「ヤマギシ」という言葉の響きに私は2つの反応が起きる。

 そのひとつ目は、ヤマギシの卵や肉を実際食べていたし、おいしかった。それらは抗生物質を使用していない安全な卵であり肉だと思い込まされていた。「愛児に楽園を」のキャッチフレーズつきで「子ども楽園村」が宣伝されていたが、そんな”楽園”はないだろうと思っていたものの否定するほどの思いもなかった。

 そのふたつ目。ヤマギシの食品が安全だなんてウソだった。楽園どころか、子どもには地獄だった。そのことを本書で衝撃的に知らされた。



 本書には 『ヤマギシ食品のウソ』(風媒社/1995年)でみられるようなヤマギシ食品に関する記述はあまりないが、ヤマギシ食品は”ホンモノ”だと思いこみヤマギシに関心を寄せた人たちが、ヤマギシに吸い寄せられるプロセスを、自らの「特講」に潜入し、その解明を試みている。

 「ヤマギシ学園」に子どもを託すには親が「特講」受講者であることが条件である。特講とは、7泊8日の特別講習研鑽会のことであり、特講を受けることでユートピア社会=ヤマギシがわかるという。受講の動機は「子どものため」とは限らない。理由はなんであってもいいらしく「友だちに勧められて」や「女房に特講を受ければ変わるからとしつこく言われたもので」(143頁)というのもある。



 著者の米本は「特講」の”取材”に臨んだ。もちろん極秘で。特講の初日、所持品はすべて預けされられた。が、「私は時計、録音機、筆記用具を渡さなかった」(140頁) 特講5日目──<所有研>がいつ終わったか、私の記憶は定かでない。私は記録を取るために、1時間半から2時間ごとの休憩のたびにトイレに駆け込み <略> 小声で録音機に <略> トイレに入るのを怪しまれないようにするために <略> ところが、2つのピークが終わった安堵感のせいなのか、それとも自分を殺すことに疲れてしまったのか──(207-208頁) 特講体験後、著者は精神科医の診察を受け「あなたも軽い解離状態に陥っていたようです」(232頁)と 診断されている。



 「洗脳」という言葉は安易に使われやすい。本を読んで目からウロコの体験をしても、あるいは強烈なアピールを受けて考えに変化があったとしても、それらを「洗脳」とは言わない。洗脳はもっと深刻である。

 洗脳は脳に生理学的な変化がもたらす。脳は生理学的な変化(洗脳)を一度でも経験してしまうと、以後、脳のスイッチは正常から異常な状態に容易に切り替わりやすくなる。洗脳の恐ろしさはここにある。

 特講で受講者はどのように洗脳されるのか。著者の勇気ある取材がそれを明らかにしている。



 ところで、1998年3月1日付の朝日新聞で本書は書評として取りあげられたにもかかわらず、核心であるはずの特講体験に対する評価がわざとはずされ、コミューンとはもともとそういうものであると言わんばかりの論調となっていた。そして、ヤマギシ学園で起こされていると思われる子どもの虐待を「不幸な事例」として例外扱いにするのみである。この書評者・越智道雄(明治大学教授)が、のちにヤマギシ会の広報誌「けんさん新聞」98年5月号で本書を批判するインタビューに応じている。



 それにしてもヤマギシ学園の子どもたちについては気かがりである。

 ──「友だちが個別研を受けていると、僕たちは『あいつ、いま拷問を受けている』というような言い方をしていた。ヤマギシ以外の学校の友だちの家に遊びに行くと、1週間正座させられた。朝6時から夜9時まで、毎日ね。お金を持っていることがバレたら1カ月の個別研。係に口答えしたらまる1日。学校? もちろん欠席だよ。だいたい(大田原のヤマギシ学園の子ども83人のうち) 1日平均1人、多いときは3人がやられていた。正座や個別研は日常茶飯事だった。暴力もしょっちゅうで、1週間に最低でも2人以上は殴られていた。女の子? 関係なかったよ。女の子だって鼻血を流していた」──(93-94頁)

 子どもたちのおかれているこれらの状況は、書評子がいうような「不幸な事例」でないことが、三重県が行った調査によって白日のもとにさらされた(1999年1月発表) ──小学生の85%、中学生の80%が学園の世話係から暴力を振るわれ、小学生の66%、中学生の81%が個別研を受け、5人に1人が脱走を試みた経験があった。──(357頁)


2001.7.6記す

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