2016/10/20

Amazon.co.jp: 武士道 電子書籍: 新渡戸稲造, 桜井欧村: Kindleストア

Amazon.co.jp: 武士道 電子書籍: 新渡戸稲造, 桜井欧村: Kindleストア



トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
この本を読むときに、よろしければ気にとめて頂きたい点があります。
それは、著者、翻訳者ともにキリスト教徒であると言うことです。
(本の内容については、他の方々が既に充分な書評をかかれております。)
新渡戸稲造はクエーカー派と呼ばれるキリスト教徒です。
クエーカーは「内なる光」という直感的な「良心」を重視し、
「沈黙の礼拝」を行います。日本の座禅ににている礼拝で、
儀式もなく、聖書に元ずく平和主義で知られているグループです。
アメリカ・イギリス両クエーカーの団体は1947年に
ノーベル平和賞を受賞した経験があります。
一方、翻訳者の矢内原忠雄は内村鑑三の流れを汲む「無教会」という
キリスト教の伝道者で、戦後2代目の東京大学総長に選ばれており、
激務にありながら、毎週日曜日は集会で「聖書講義」を行った方です。
第二次大戦中は、非戦論者として知られました。
そのために、東大教授職を追われた方です。
私たちは、この「武士道」を読むに当たり、
なぜこの純日本的とも言われる武士道精神が、
俗に言う「西洋の宗教」であるキリスト教の信者によって書かれたのか、
静かに考えてみることは、意味があることではないでしょうか。
なぜこの本が、非キリスト教徒によって
書かれることがなかったのか、考えることは大事であると思います。
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形式: 文庫
武士道は、日本を表徴する桜の花と同じように、わが国土に固有の花である。
『武士道』第1章はこうした象徴的な一文から始まる。
桜の花が日本の武士道を象徴するとすれば、西欧の騎士道ないし哲学を象徴するものは薔薇である。
薔薇は強い芳香を持ち、優雅に咲く花である。しかし、その美しさの裏側には棘があり、枯れてもなお散らずに残りつづけようとする生への執着がある。
一方、我々は潔く散りゆく桜の花びらに美を見い出し、その淡い芳香に飽きることがない。
このように、西洋のものが「生の哲学」であるなら、
日本のそれは「死の哲学」であると言っていいであろう。ただしこの「死の哲学」は、「死」を奨励するという種類のものではなくて、むしろ人生をいかに生きるべきかという求道的倫!理的な問題を、万人にとって絶対的な存在である死を出発点として扱おうとする問題意識のことなのである。死というものを身近に感じ、これを受け入れ、日々これに対面することによって死から解放され、むしろ「生きる覚悟」というものが確固としたものとなり得るのである。
これに対して、我々が多く学んできた西洋の「生の哲学」がもたらしたものは利殖と保身と享楽の追及でしかなかった。
このような認識のもとに立つことが出来れば、我々は今一度、「武士道」という精神に学ぶことが大きいであ
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投稿者 itgaki VINE メンバー 投稿日 2006/10/29
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「武士道」は封建社会の遺物であり、現代の生活には馴染まない、そんな先入観を持って読みました。が、書かれている事は、武士道が古から日本人の道徳観念を支えていたという事実であり、その書かれている事は本質的で、現代の生活そして生きていく上での姿勢にも十分参考になるものでした。

筆者も認めているように、かつてでも武士道を誤って認識している輩も多かったらしい。例えば、切腹についても軽軽しく腹を切って済ます(それでも凄いけど)ことで潔さを表しているが、本来はそれは犬死であり、軽軽しく死を扱わないことが本来であること。切腹をするからには、その武士道の精神に則った大儀があるべきことが書かれています。武士道にはそのような側面があることや、解釈に誤解があったこととあわせて論じているので、一層武士道の本質が判りやすくなっている印象でした。

前書きにもありますが、日本人の道徳教育は何によってなされてきたかを、異国の人に説明するために書かれた本です。ですので、外国(主にヨーロッパ)の宗教(=キリスト教)や哲学との比較、引用が多く、改めて納得できる事例も多いです。改めて筆者である新渡戸稲造氏の博学には驚かされました。しかも文章も非常に綺麗!本当に凄い人ですね。

私のように何も知らない人間は、「武士道」と聞くだけで右翼的なイメージを持ってしまいま
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形式: 文庫
菅野覚明『武士道の逆襲』(講談社現代新書)に触発されて読んでみた。
本書には、津田左右吉から上に挙げた菅野に至るまで、「実際の武士のあり方を表現していない」という批判がついて回る。「実際の武士」の「武士道」とはどのようなものか、という問題については菅野に譲るとしよう。ここでは、この本はもともと英語で書かれているということ、言い換えれば西洋人に読まれることを前提として書かれたのだ、という点に注意を喚起しておきたい。
新渡戸は必ずしもこの本で武士道そのものを詳述することを目指したのではない。西洋世界に「日本」をいかに説明するか。しかも非西洋でありながら西洋に通じる普遍性があるということをいかに主張するか。彼の関心はそこにこそあったのである。
したがって、この本から読み取れるのは、武士そのもののあり方ではない。アメリカの地で、1899年の時点で、新渡戸が「西洋に相対する日本」をいかにイメージしていたか、ということである。つまり、この本は「武士の時代」の本ではなく、あくまで「明治=近代」の本なのである。
そうした点を踏まえて読めば、得るところはすこぶる多い。近代日本の自己主張の原型が、そこにはある。
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武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた

武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた
文庫 文庫 – 1993/1
新渡戸 稲造  (著), 奈良本 辰也 (翻訳)
5つ星のうち 4.4    58件のカスタマーレビュー

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5つ星のうち5.0日本人なら是非ご一読を
投稿者桜庭弥之介2006年3月19日
形式: 文庫
『武士道』と言えば新渡戸稲造氏の著作で有名だが、原文は1898年、新渡戸氏が37歳のとき、アメリカ滞在中に英文で書かれたものである。当時の日本の変貌振りに多大な興味を抱いていた諸外国では瞬く間にヒットし、岡倉天心の『茶の本』と並ぶ大ベストセラーになった。
よって本家の日本には逆輸入したような格好になる。

『武士道』はもともと外国人向けに武士道を解説した書籍である為、その説明は騎士道やキリスト教、ヨーロッパ文化との対比でなされることが多く、日本だけでなくグローバルな視点から武士道を捉えた数少ない名著と断言できる。まさに、南部藩士の三男として生まれながらもキリスト教徒であった新渡戸氏にしか出来ない描写である。その多角的な考察と先見性は100年経った今でも色あせることは無い。そして幸運にも現代に生きている私たちは、新渡戸氏が危惧した武士道のその後を知り、21世紀のさらなる未来へと『武士道』の考察を発展させることができる。

『武士道』日本語訳には既に矢内原忠雄氏の名訳(岩波文庫)がある。
原著の味わいのままの『武士道』を読みたい方にはこちらがオススメである。

本書はより現代的にわかり易く解説された『武士道』である。
矢内原氏の邦訳は1938年刊行の為、多少古語の面影を残しているが、
本書はすべて現代語で書かれているので、どの年代の方にも読みやすいと思う。

とはいえ、意義深い内容に変わりはないのでどちらを買っても損はないだろう。
個人的には、矢内原氏の訳には風格ある趣が、奈良夲氏の訳には現代的なわかり易さがそれぞれ表れていると思うので、参考にしていただければ幸いである。
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5つ星のうち5.0すばらしい
投稿者鈴木純一VINEメンバー2009年4月16日
形式: 単行本
日本人の思考や振る舞いの根になっているものが何なのかを、武士道という切り口で説明する本。その「根」が武士道そのものなのかは疑問を感じたが、少なくとも「根」を説明するのに武士道が適当なのは理解できるし、また新渡戸稲造の説明がなんといっても素晴らしい。念頭に置かれている欧米人読者の理解を高めるべく(説得すべく)、論理の組み方、例の使い方等々、ある意味よく計算されて書かれていると思う。

例えば、贈り物をするとき、アメリカ人は「これは良いものですから楽しんで」と言うが、日本人は「つまらないものですが」と言って、受け取り側のアメリカ人は「?」と思う。これは昨今の海外在住マニュアルや比較文化論の本に書かれているので多くの日本人の知るところだが、本書の面白いのはアメリカ人読者に向けて、両者の物の言い方が結局は同じ思想/礼儀に基づいているのだと説明すること。品物そのものを重視するか、贈り物をする気持ちを重視するかで表面上の言葉づかいが変わるだけであって、そういう表面上の些細なことがらを一般化して日本人はおかしいとか言うのは誤った推論の仕方だと言ってのけるのはなかなかに痛快。さらに、日本人の礼儀というのは西欧(あるいはキリスト教圏)でいうところの愛に近いことを、聖書を引用しながら説明するくだりは痛快を超えて圧巻。

他にも、古代ローマの歴史、シェークスピア、モンテスキュー、ニーチェ等々が次々に引用されるが、日本人読者としては馴染みの薄い例もあってすらすら読みやすい内容ばかりではない。ただ、これほどの説明が展開されているところを見ると、さぞかし新渡戸は(アメリカ人の)奥さんから日本文化に関してたくさんの(そして難しい)質問を浴びせられたのだろうと想像できて、微笑ましい感じもした。武士道そのものというよりも、このような優れた本とそれを百年以上前に(1900年)に書いた新渡戸に誇りを感じた。
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5つ星のうち5.05000円札に選ばれていたのも当然至極
投稿者benishoga2002年12月26日
形式: 文庫
日本発の海外ベストセラーです。日本人とは何か、を海外に発信した著者の新渡戸稲造が、5000円札に選ばれていたのも当然至極です。
さて、この本は外国人の友人の問いに答えるべく書かれたものです。
ベルギーの法学大家ド・ラヴレーの「あなたのお国に宗教教育はないとおっしゃるんですか」と言う問いに対し、新渡戸は「ありません」と答えます。
ラブレーは言いました。「宗教なし!どうして道徳教育を授けるんですか」と。
日本人の道徳観念の高さは宗教的規範に依らない。むしろ宗教は規範を取り払うことでしか日本人に受け入れられない。ならば、その道徳の源泉は何か!?
新渡戸はそれが『武士道』にある、と説きます。
文句なく面白い本です。
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5つ星のうち5.0柔らかい訳(?)
投稿者コカクック2003年12月24日
形式: 文庫
岩波のものより訳が新しくかつ柔らかいので、現代人がよむならこちらの方をお勧めする。内容はもちろん同じであるが、とっつきやすい分、読解に苦悩することなく、武士道を踏まえて自らの問題を思考したり、どう生かすかを考えることができると思う。
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5つ星のうち5.0大切なもの
投稿者freeway19732004年1月4日
形式: 文庫
今まで「武士道」というと古臭く、頭の固い、不合理なものだと思っていました。
しかし、この本を読んでその認識には大きな誤りがあったと思いました。
宗教を持たない自分やその他多くの日本人の根本的な善悪、良心の判断の基準はどこから来ているのか?と考えた時、それはこの「武士道精神」にその基礎があるように思いました。
この本に書いてあることは「理想」そのものだと思います。
達する事は困難だけれども・・。いかに自分が自己中心的で義、勇、仁、礼、誠・・などから外れた言動を普段しているのかと反省させられます。
この本に書いてある事を全て守る必要はないと思いますが、心に留めておく事は大切な事だと思います。
この本の訳は平易な文で訳されているので、読み易いと思います。
出来れば文中に出てくる古文にも現代語訳を付けていだだければ、更に読みやすくて、理解しやすい物になると思います。
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5つ星のうち5.0武士道を読んで。
投稿者Amazon Customer2001年8月15日
形式: 単行本
この本の感想を一言でいうならば、あなたがもし日本人なら必ず読まなければならない本である。と私は強く感じました。また、日本以外の人達が日本人の心を深く知りたいならばこの本がベストだろうと私は思います。
何故、今までにこんなすばらしい本が学校教育の教科書に取り上げられなかったのだろうと不思議に思いました。現代の小学生、中学生、高校生に道徳教育の必要性が高まっている今、武士道の教えは次の世代に受け継がれていくべきではないでしょうか。日本は物質文明が極まり、相反するように精神文明は影を潜め心の豊かさが失われてつつある21世紀です。
こんな時代だからこそぬるま湯生活から抜け出して自らを厳しく律し心を鍛錬することが求められているのではないでしょうか。私の息子は現在4ヶ月ですが彼が大きくなったら読ませてあげたいので大事に取っておきます。活字文化は永遠です。
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5つ星のうち5.0急激な経済発展の代償
投稿者JIRO2008年4月25日
形式: 単行本
この本を手に取るきっかけとなったのは

「竜馬がゆく」

を読んだことによる。「日本人としての誇り」なるものに少し目覚めるきっかけとなった。
維新という激動の時代の中、日本を想い、日本のために死んでいった志士たちの揺るぎない愛国心の芯となったものは何なのか、
たった100年の間にあまりにも個人主義、功利主義の蔓延る今の世の中に変わり果ててしまったのはなぜなのか
このギャップの理解を少しでも得たいと思い、
この新渡戸稲造氏の名著「武士道」を手にとることとなった。

ここで、本書のように体系的に「武士道」について記述(武士道の起源や源泉、基礎原理など)するのは膨大な分量となるため避けておく。

ここで書くのは、自分が心を動かされた箇所と、今失われてしまった惜しむべき武士道の精神について、ごく一部のみを抜粋して紹介したい。

『武士道は知識のための知識を軽視する』

「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつ、その人の性質にあらわれるときにのみ真の知識となる。知識は本来、目的でなく、知恵を得る手段である」

『武士道は損得勘定をとらない。むしろ足らざるを誇りとする』

「武人の徳とされている功名心は汚れをまとった利益よりも、むしろ損失をえらぶ」

上記は、ほんの一部であり、個人的な主観で抜粋したものであり、「武士道とは?」という問いに正しく答えているものではない。
「徳」「切腹」「仇討」「刀」「大和魂」「女性像」・・・などキーワードをとっても、他に記述したいことが山ほどあるが以下で絞めたいと思う。
本書を読んだ後の個人的感想である。

「義」「勇」「仁」「礼」「誠」の徳を実践し、「名誉」「忠義」に生き、「品性」や「礼儀」を重んじた武士道の精神を、私達はその血を受け継ぎつつも、その血が流れていることを忘れてしまっている。

「花は桜木、人は武士」

と歌われた民俗全体の理想像は、桜の花が散るように、はかなく散り、そして二度と花を咲かせることはないのであろうか。

もしそうだとしたら、維新後の急激な経済の発展による今の豊かな生活の代償は、あまりにも大きすぎるのではないだろうか。
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5つ星のうち4.0『国家の品格』の内容を深堀するための必読書
投稿者シゲチャン2007年4月20日
形式: 単行本
 新渡戸稲造の原作は1897年に新渡戸が37歳の米国滞在中に英語で書かれたもので,岡倉天心の『茶の本』と並び明治時代のベストセラーである.本訳本は,現代風に分かりやすく解説を加えつつ記載されており,比較的読みやすい.最近(2006年頃に)注目された理由は,藤原正彦氏の大ベストセラー『国家の品格』で日本人の本質をこの『武士道』から考察した事による.

 宗教が内在しない日本人の道徳教育はどのように実践されているか,外国人にはこのことが非常に不思議なようで,実はこの日本人の道徳教育の根幹にあったのが『武士道』ではないかとの元に,種々考察が加えられている.民主主義の道徳も良いのであるが,ここには武士道で云う『義』が無いように思われる.それが日本人の日本人らしさを失わせており,『国家の品格』を喪失するに繋がっているのではないかと推察する.平和な民主主義のこの世の中,なかなかシビアな視点からの現代への問題提起が100年以上前になされていたことは注目に値する.
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5つ星のうち4.0読みやすい武士道
投稿者孤高のさぼてん2004年10月9日
形式: 文庫
日本には確固たる宗教はない。それでは道徳教育はどのようになされているのか。実は、日本の道徳とか考え方・規範の背景には「武士道」という確固たるものがあったのだということを教えてくれる。
個人的には、普段の社会生活とか人付き合いで上手くいかないことがあって、自分の信念とか生き方を見直してみたいと思って、新渡戸稲造の「武士道」を読んでみようと思いました。はじめは矢内原訳の岩波文庫のものを手に取ったのだけれど、すごく読みづらかったので、こちらを読むことにしました。この訳は現代語で訳されているので、普通に読めて分かりやすいと思います。
日常生活では意識しないけれど、確かに存在している日本独自の考え方とか価値観・習慣には、「武士道」からの影響があることを教えてくれます。たとえば、自分の奥さんことを「愚妻」などと呼ぶとき、現代風・西洋風の考え方だと、「奥さんを大事にしてない」などととられるかもしれません。でも実際は、奥さんの事を「自分の一部」だと捉えているからこその表現であって、これは一種の謙遜なのだともいえます。西洋風に奥さんの事を人前で褒めたりしないけれども、決して大事にしていないわけではなく、これも「武士道」風の日本独自の美徳といえるのかもなあと思いました。
自分のアイデンティティーを考えたとき、「日本人」であるということは決して見逃せない事であって、その「日本人」とはどんなものなのかを見直すのには欠かせない古典的名著だと思います。
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5つ星のうち5.0日本を取り戻す一助に
投稿者dyna2016年3月18日
形式: 文庫
怪盗山猫というドラマで主人公の愛読書が武士道ということを知った。
テレビを見ないようになってから久しいが、日本を取り戻すメッセージを送る番組は昨今では珍しいと感じた。
相変わらずテレビは見るつもりはないが、学生時代に読んでよく理解できなかったことを思い出し、再び手に。
もしかしたら当時は岩波文庫版だったのかもしれないが、今はすんなり読み進めることができた。
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キリスト教の素養をもつ外国人向けに書かれているため、その知識がないと、引用される比喩を正しく理解するのは難しい。
ただし、その部分を除いても、日本人が何を大切にしてきたかがよく分かり、感銘を受けた。
同時に、意識せずとも心の中にその一部は備わっていることに気づき、教育・躾の大切さを再認識することに。
戦後の政策で、根無し草にされてしまいそうな環境ですが、それを取り戻す一助になる本でした。
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戦後の政策といえば、西洋を取り入れることで後進国から先進国に仲間入りできた、と思わされているのではないか。
ですが、武士道では西洋と対等に接していることがよく分かる。
戦後でも、梅棹忠夫さんの文明の生態史観では、西洋に対して堂々と対等に渡り合っていた。
卑屈にならず、日本人としての矜持を取り戻し、かといって自信過剰にならないよう、折に触れて読み直します。
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5つ星のうち4.0脚注が多いが読みやすい
投稿者カーマイン2007年6月12日
形式: 単行本
 あまりにも有名な新渡戸稲造の「武士道」。やや脚色めいているのではないかという批判もあるそうだが、それでも「武士道」の始原・骨子・西洋倫理(特にキリスト教)との比較を正面から捉えた名著である。武士道とは何か・・・といわれると、なんとなくはイメージできるが、その一方で明確な定義もない。そもそも武士道には聖書やコーランに相当するものがない。この本は、武家に育った新渡戸稲造による、武士道の精神を伝える貴重な本だと思う。
 脚注が多いのだが、古い本のわりに比較的読みやすい。ページ数もさほどでもない。
 武士道という倫理にしたがう生き方というのは、現代ではちょっと想像しがたいが、それだけに今なお古くて新鮮な「高潔であろうとするための道」を示す本だと思う。
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5つ星のうち3.0ひねた読み方をすると違って来るかも
投稿者bj2007年2月1日
形式: 単行本
私は「武士道の逆襲 (著 菅野覚明)」の後に本書を読んだせいか、今一つ内容に同調出来ませんでした。

江戸期の儒学的武士道と明治期の日本をキリスト教徒の立場から西欧人に理解し易く解説した本とも読み取れます。

とはいえ、「武士道」の意味の変遷の中での重要な著作である事は変わりないと思われますし、

本書が欧米で広く読まれた事も事実である事から、何処が西洋で支持されたかを考えながら読むのも一興かと思います。
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5つ星のうち4.0武士道的エピソードを読み解き日本人独特の考え方を解説しています
投稿者みみちゃん2016年6月18日
形式: 文庫
葉隠れなど武士道について書かれた本を数冊読みましたが漠然としていていまひとつピンときませんでしたが本書はとても判り易いです。
著者によると武士道とは思想的な体系ではなく行動を律することによって生まれた考え方ということのようで他書が漠然としている理由が腑に落ちました。
それは封建的社会独特の階級的役割分担に通ずるものがあり、万民平等の近代社会では存続は難しいようです。
しかし著者は武士道精神の美徳を尊ぶようで、余韻を残すラストはじ~んとしました。
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5つ星のうち5.0武士道〜その時代だからこその武士道論
投稿者TakahiroPEVINEメンバー2006年5月14日
形式: 文庫
最近、武士道が何かと取りざたされることもあり、新渡戸稲造の書を一度は読んでみようと思った。本書は現代語訳ということもあり、読みやすい。

武士道、というと、何か教義があるような印象を持っていたが、宗教のように明確な教義があるものではなく、伝承は各武家による家庭内教育にて行われていたということに驚く。

社会(ここでは武家社会に限られると思うが)全体が同じ価値観を共有していなければ特別な教育機関無しでは共通の道徳観念は生まれない。文頭にある宗教無しにどのようにして道徳教育を授けるのか、というベルギーの法学者の疑問は特別なものではないと思う。

本書では、日本が短期間に欧米諸国と肩を並べるほど発展したのは、武士道という道徳観念を持っていたからだとしている。

現代の日本に危機感を覚える識者たちは口を揃えて武士道が日本を立て直すと言うのは、本書の影響が強いのだろう。

しかし、である。

武士道には明確な教義もなく、経典もなしに、封建的社会制度の下、家庭内で歴々と伝えられてきた道徳観念である。そして明治の世になっても、子の世代に道徳観念を伝えたのはやはり家庭の教育だったのだろうと思う。戦後、日本の古い習慣が捨てられたことで、家庭内での道徳教育も同時に捨てられてしまっている。

これが近年の治安悪化や犯罪の凶悪化に繋がっている可能性は大いにある。

一度捨てられた観念を取り戻すことは並大抵のことではできない。しかし、本書の最後では武士道は不滅の教訓であると述べられている。現代において声高に武士道の復活が叫ばれつつあるのは、今でもなお武士道が日本人の芯に根付く基本的な道徳観念であり、崩壊を食い止めようとする自己防衛の表れではないかと思う。

そのような意味でも、著者の分析は鋭く、的を得たものであり、だからこそ今でも色あせることなく多くの人に読まれているのだろうと感じることができる。

本書はまさに今、多くの人が読むべき書ではないだろうか。
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5つ星のうち5.0武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫 [文庫]
投稿者大城均2014年3月7日
形式: 文庫|Amazonで購入
武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫 [文庫] は、日本人として、人間としての生き方、考え方を教えてくれる本でした。購入して良かったと思っています。
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5つ星のうち5.0これは面白い!と思いました。
投稿者tamadama2006年4月1日
形式: 文庫
 外国人に日本人を理解してもらうために書かれた本書は、現代において日本人はどうあるべきか?の一つの立ち位置を示すものであり、今一度『考えるべき』テーマだと思いました。
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5つ星のうち4.0西洋文化との対比が興味深い
投稿者wave115VINEメンバー2006年3月14日
形式: 文庫
本書は,外国人に対して日本の道徳教育としての武士道を説明するために書かれたものです.このため,西洋文化との対比で書かれている部分が多く,西洋文化を理解していない私にとってはむしろ西洋文化を勉強させてもらったという感じさえします.

とは言え,武士道精神を忘れてしまい,拝金主義などと揶揄される現代人にとっては,改めて考えさせられるものがあります.一方,武士道については「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」などの大切さは充分理解できますが,そこまでストイックにならんでもという部分がないでもありません.

私が一番気になったキーワードは「品性」でした.
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5つ星のうち4.0武士道ってかっこいい!!
投稿者いちごぱんな2005年5月22日
形式: 文庫
私が最も印象に残ったのは「自殺をおよび復仇の制度」の章だ。著者は日本の武士のエピソードを交えて、日本人の死に対する心構えや覚悟を説明している。武士が誇り高く切腹する場面の詳しい描写には恐怖も感じたが、同時に“かっこいい”とも思った。
命をかけて自分の名誉を貫き切腹した私たちの祖先の姿を“かっこいい”と思ってしまう…この感情こそが“日本人”の遺伝子に組み込まれた、武士道精神なのかもしれない。
 私は同じ日本人として新渡戸稲造という人物に強い親近感を覚えた。
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5つ星のうち5.0まさに日本人の教科書
投稿者Kindleユーザー2013年4月21日
形式: 単行本
「(日本には)宗教教育がないというのですか?一体あなたがたはどうやって子孫に
道徳教育を授けるのですか」
序章の、ラブレー氏との会話がこの本の出発点なのだと思います。

日本には武士道の精神がある。
今こそ、すべての日本人がこの精神を学び、理解すべきである。

とても100年前に書かれた書籍とは思えない内容であります。
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5つ星のうち5.0今こそ取り戻すべき精神文化
投稿者Amazon Customer2004年5月18日
形式: 文庫
新渡戸稲造の「武士道」を、現代に生きる我々にも分かるよう平易な現代語訳で蘇らせている、奈良本辰也氏の翻訳の巧さにまず脱帽。矢内原訳よりもこちらの方が断然お勧め。是非ご一読を。
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ありがとうございます。 新渡戸稲造武士道の売国者

ありがとうございます。 新渡戸稲造武士道の売国者

新渡戸稲造武士道の売国者

久しぶりに、このブログを更新していますw


 ↑
久しぶりに、こういう手の本を読んだので。
といっても、途中までで、既に延滞になってるので、
今日返さねば。。。。

出だしはなかなか真実をついていて、面白かったです。
が、なかだれしてきて・・・
新渡戸稲造の武士道自体読んだこともないので、
比較した内容になっていても、いまいち、ピンとこない。

内容的には、パキッと言い切った語調が辛口でなかなかいいのですが、
Amazonのレビューを見ると、嫌いな人は嫌いなのかも。。。
しかし、興味深い、面白い本です。おススメです。

結局110ページまでしか読めませんでしたが、
その中から、印象に残った箇所をピックアップ^^
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・一神論を原理とするキリスト教は、自らの教徒以外の者を殺す
「人殺し」の宗教である。近世になって、欧米帝国主義の侵略の
尖兵になったのがキリスト教の宣教師たちである。

日本をキリスト教国にすることは、日本民族が培ってきた文化、
生活様式を破壊し、欧米の従属国にすることと同義である。
「多神教」の日本人にとっては「一神教」の文化を理解することは難しい。


・黒人奴隷に関しては「奴隷解放の父」と呼ばれているリンカーンで
あったが、米国の先住民であるネイティブ・アメリカンに対しては
終始、徹底的排除の方針を続け、大量殺戮を指揮していた。

リンカーンが師と仰いだヘンリー・クレイは一貫した先住民排除論者だった。
クレイは、「人類全体からのインディアンの消滅は世界的には大きな
損失ではない。私には、彼らが人類として保存されるだけの価値があると
は思えない」と述べている。

米国北部のネイティブ・アメリカンを殺戮した後に、生き残った先住民
たちを居留地に強制収容することを、第16代合衆国大統領になった
リンカーンは、1860年11月に支持した。

この年の夏、生き残った先住民たちは狩猟禁止の居留地に強制移住させ
られていた。また、条約で保障された年金(食糧)の給付を止められて、
飢餓状態に陥ったミネソタ州の狩猟民族、ダコタ・スー族は、
大統領直轄の先住民管理局に年金の支払いを要求した。

これを無視されたために大暴動が起こり、リンカーン大統領は大暴動
鎮圧を命じ、ダコタ族の暴動は武力鎮圧された。スー族2千名のうち、
女子供を含む392名が軍事裁判にかけられた。

 リンカーンは南北戦争前の状態を配慮して、ミネソタ州に200万
ドルの連邦融資を持ちかけ、38名の先住民を死刑にすることで
ミネソタ州と妥協した。そして12月、38名の先住民の一斉同時
絞首刑が執行された。

この時、リンカーンはダコタ族への年金給付を停止した。さらに、
ミネソタ州にあるダコタ族の居留地を強制没収し、残っていた
ダコタ族の皆殺しが行われた。

 1863年、リンカーンは南西部のナバホ族先住民の討伐を命じた。
この土地には金鉱があるとみなされていた。ナバホ族に対しては
殺人、強姦、放火など徹底的な焦土作戦が行われ、トウモロコシ畑や
小麦畑を焼き尽くし、馬、ラバ、羊、ヤギなどを奪い取った。

1864年、さらにリンカーンは、ナバホ族8500名を3百マイル
離れた東にあるアパッチ族の強制収容所へ徒歩連行するように命じた。
この強制連行の途上で数百名の死者が出た。

 リンカーンの有名な演説に出てくる「人民」には、ネイティブ・
アメリカンは含まれていなかったのだ。

 コロンブスがアメリカに到着した時、北米大陸には1千万人の
先住民が存在した。白人の入植によってネイティブ・アメリカンは
殺害されて減り続け、ついには100万人以下になった。また、
多くの先住民は白人の持ち込んだ疫病にかかって死んでいった。
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・新渡戸は、二十世紀の全世界の大悲願である「生存の保証」の
否定を徹底的に行った共産主義運動のイデオロギストたるマルクスの
名前を挙げている。だが、ロスチャイルド閥の使用人であった
マルクスを「知っている」という博識ぶりを誇示しているに過ぎない。

マルクス・レーニン主義を基準にしたソ連共産党を乗っ取ったのが
スターリンである。スターリンは、殺さなくてもよい一億人の命を
奪い取り、人類史上最悪の「生存の保障」の否定を行った。

このマルクス・レーニン主義こそ、キリスト教に見られる「一神教」の
亜流だったのだ。

 そしてマルクス・レーニン主義は、「宗教はアヘンである」と、
信教を否定した。「世界は労働者の祖国」であるとして、全世界の
労働者を騙して、皇帝、工場主、富農などを皆殺しにしていった。

ロシアの財閥を奪ったソ連共産党は、聖書の教えである「騙して、
皆殺しにして、財産を奪え」を実行したのだ。ユダヤ教・キリスト教
からマルクス主義が生まれたことに留意しなければならない。

マルクスは「宗教はアヘンである」と主張した。そこで共産主義は
「無神論」を強制することになった。ロシアの共産主義革命は聖書の
教えを忠実に実行したのだ。

 『旧約聖書』の「創世記」(三十四章)には、割礼を受けさせて
おいて皆殺しにし、町中を略奪するユダヤ民族の強烈な「選民意識」が
記述されている。また、「ヨシュア記」にも「民族抹殺物語」が
記されている。

人殺し、皆殺しを続けている『旧約聖書』を経典にしているユダヤ教、
そしてユダヤ教の教えを受けて成立したキリスト教は、「騙して、
皆殺しにして、財産を奪え」、そして、「その奪った財産の一割を
教会に喜捨せよ」と教える人殺しの宗教、戦争の宗教である。

人類の歴史はユダヤ教徒とキリスト教徒によってもたらされた流血の
歴史であり、それは現在も続いている。



・1274年の蒙古の襲来は、鎌倉武士の奮戦と折からの台風の猛威に
よって日本本土への侵入が阻止された。しかし、幕末は黒船の来航が
引き金になって、明治新政府が成立した。

島国であり、世界の端にある日本は、太平洋戦争で主に米軍による
皆殺しを受けるまで、他民族によって大量に殺戮された歴史がなかった。
そのため日本民族は、さほど「愛国心」を強く意識することなく生きてきた。

 言うまでもなく、人類の歴史は皆殺しの歴史である。対米英戦に負ける
まで、他民族による皆殺しのない日本は例外的な国だったのだ。
こうした歴史がないため、日本人は他国からの侵略に対して全く
危機意識が乏しい。

敗戦後も米国の従属国になったまま、70年近くが経っても米国から
独立する運動が公然とは生じず、それを指導する者も出現しない。

 このまま危機意識の乏しさが続くと、今度こそ、ユダヤ・ロスチャイルド
によって、日本人の持つ富は根こそぎ搾り取られてしまいかねない。


・安藤昌益は、万人が生産労働に従事し、自給自足の生活をすることを
理想化し、封建社会を「支配階級が他人の労働成果を貪る差別の体系で
ある」としている。安藤は、封建社会を徹底的に批判した。

「孔子や孟子はいうまでもなく『諸子百家』に至るもの、すべての
支配階級の略奪を合理化したのである」と述べ、儒教や仏教などの
思想を、「差別と支配を合理化するもの」として否定した。
無神論を述べた日本の啓蒙思想家であった。