2021/03/29

創価学会員ではない佐藤優 新刊「池田大作研究」で問いたかったこと 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

創価学会員ではない佐藤優 新刊「池田大作研究」で問いたかったこと 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

創価学会員ではない佐藤優 新刊「池田大作研究」で問いたかったこと

栗下直也週刊朝日
佐藤優さん (c)朝日新聞社

佐藤優さん (c)朝日新聞社

 約10年前、雑誌への寄稿で創価学会名誉会長の池田大作氏に言及した際、作家の佐藤優さんは知人たちの反応に違和感を抱いた。

「『変なところに首を突っ込んだね』と一様に心配され、驚きました。創価学会に関して肯定的な発言を許さない空気に危うさを感じました」

巨大な影響力を持つ宗教団体をなぜタブー視するのか。多くの人は創価学会を理解した上で、批判しているのか。今回、佐藤さんは池田氏の著作『人間革命』『新・人間革命』を読み解き、池田氏の足跡を辿ることで創価学会のありようを浮き彫りにした。それを『池田大作研究 世界宗教への道を追う』(朝日新聞出版 2200円・税抜)にまとめた。

「本書でも触れましたが、私はキリスト教の洗礼を受けています。学会員ではありません。ただ、キリスト教を批判するのに新約聖書を読まなくては議論になりません。同じように創価学会を論じるならば、池田氏の著作を読むべきですが、外部から学会を批判する人の多くにはそうした形跡が見当たりません。外形的な批判に終始してきた印象です」

 本書の中で、特に力を入れたのは、北海道夕張市での炭鉱労組事件だ。創価学会が国政に進出した1950年代、夕張で創価学会系候補が票を集めた。社会党の牙城だった日本炭鉱労働組合が学会員の活動を規制するなど圧力をかけた。

「両者は一触即発になり、公開討論会まで予定されましたが、最終的には内々の対話で解決しました。この事件は創価学会の平和主義を考える上でも見逃せません。目の前に分厚い壁があった場合、壊そうとするのが社会革命家。ところが、創価学会は壁を壊そうとしません。壁が分厚ければ向こう側にいる人と友達になればいいと考えます。公明党が国や地方の政治で常にキャスティングボートを握ることとも無縁ではないはずです」

 創価学会と公明党は切り離せない関係だが、日本における政教分離に対する誤解についても、わかりやすく解説している。

「政教分離は国が宗教団体に介入すること、宗教行事を行うことを禁止したものです。宗教が政治にかかわるのは憲法違反ではありません。宗教色が強い候補者よりも、宗教的に中立を打ち出している候補者の後ろに宗教団体が隠れている場合のほうが問題ではないでしょうか」

 博覧強記で知られ、1カ月に600冊以上に目をとおす。関心は宗教のみならず多方面に及ぶが、メディア考察の一環で「1936年」に最近は注目しているという。

「二・二六事件が起こった裏で阿部定事件と上野動物園からのクロヒョウ脱走事件が起きました。メディアは阿部定とクロヒョウを競って報道し、国民の関心が政治に向かわないこともあり、政治の暴走が止まらなくなりました。ですから、現代のニュースのワイドショー化も非常に危険をはらんでいます」

 国家権力と対峙した佐藤さんだからこそ見えるものがあるのかもしれない。(栗下直也)

週刊朝日  2021年1月29日号

創価大学に“宗教色”ゼロなのは「世界宗教になっていくことを本気で考えているから」 佐藤優氏が指摘 (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

創価大学に“宗教色”ゼロなのは「世界宗教になっていくことを本気で考えているから」 佐藤優氏が指摘 (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)
創価大学に“宗教色”ゼロなのは「世界宗教になっていくことを本気で考えているから」 佐藤優氏が指摘

2020.11.18 07:02AERA







佐藤優(さとう・まさる)/作家・元外務省主任分析官。『創価学会と平和主義』『危機の正体』『ウイルスと内向の時代』『世界宗教の条件とは何か』など著書多数。2020年の菊池寛賞を受賞(撮影/楠本涼)







澤田瞳子(さわだ・とうこ)/作家。2010年、『孤鷹の天』でデビュー。『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞受賞。『若冲』『火定』『落花』『能楽ものがたり 稚児桜』で4度の直木賞候補に(撮影/楠本涼)







池田大作研究 世界宗教への道を追う

佐藤 優

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 AERA本誌で集中連載を終え、書籍化された『池田大作研究』。AERA 2020年11月23日号で、筆者の佐藤優氏と作家の澤田瞳子氏が語り合った。

【澤田瞳子さんの写真はこちら】

*  *  *
澤田:これからもまだ、池田大作氏や創価学会について注視していかれるのですか。

佐藤:はい。この本の中で書けていないことも、やっぱりあるんですよ。創価学会インタナショナル、SGIです。これがどのような発展をしていくかということについては、やはり関心を持っていますね。あと、教義的なことにも関心はあり、日寛教学がどのように再編されていくのかにも注目しています。

澤田:私、今回の対談のために初めて、創価大学のサイトを見たんですけど、宗教学部に近いものはないんですか。

佐藤:ないです。あえて作っていないんです。

澤田:じゃあ、例えば入学式とか卒業式とか、そういうときに宗教色は。

佐藤:ないんです。創価大学の中で、例えば寮とかで勤行(ごんぎょう)をやっている学生は当然多いわけなんですけれども、創価学会専用の宗教施設は大学内にはないんです。イスラム教の礼拝ができる施設はあって、これは留学生用です。イスラム教の礼拝場はありますが、創価学会の専用施設はありません。創価大学は宗教学大学ではないという立場を明確にしています。

澤田:そういうお話をうかがうと、創価学会はよその宗教や、よその文化に対しても、ものすごく敬意を払う団体なんだと感じますね。

佐藤:そこは、やはり世界宗教になっていくことを本気で考えているからですよね。池田大作氏がイギリスの歴史学者のアーノルド・トインビーや、ハーバード大学の神学の教授、ハーヴェイ・コックスら、いろいろな文化、宗教の人たちと対話しているという特徴がありますからね。

澤田:宗教というのは長く続けば続くほど、文化と密接に関わってくると思います。創価学会はほかの文化に非常に敬意を払っている。それは、我々がほかの宗教を見る時に必要な目ではないのかな、とも感じるわけです。

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佐藤:公明党のスタートということも考えてみると、創価学会の文化部から始まっているわけです。文化に政治を包み込んでいくという考え方が、創価学会員には濃厚なんでしょう。さまざまな文化があるということを認めて、多元性に立たないといけないから。ほかの宗教や文化を尊重できるっていうのは、自信があるからなんでしょうね。そういったものの影響を受けても、自分たちの信仰の本質が揺らぐことはないという自信。でも意外とそれ、知られてないところなんです。


澤田:創価学会関係の出版物がたくさんありますが、出版社を複数持っている宗教団体というのも珍しいです。「潮」と「第三文明」と……。


佐藤:僕は「第三文明」で松岡幹夫さんと対談をしています。大石寺(たいせきじ)のお坊さんだったんだけれども、創価学会との訣別があったときに、創価学会側についたお坊さんですね。彼には、なぜそういう人生を選択したのかとか、教義的なことを教えてもらったりしています。


澤田:学会員ではない佐藤さんが教義の解釈を話すということですね。


佐藤:あの人たちは全然そこのところは問題視しない。その意味では極めて寛容なんですよ。もっとも日本でも、キリスト教の教義について話す学者でキリスト教徒でない人もたくさんいますから。創価学会の人たちは、自分たちの解釈に自信を持っている。あと、私が悪意を持っていないということはわかっているわけですよね。


澤田:それは大きいでしょうね。


■コロナという難に直面 排外主義に歯止めかける


佐藤:だから、よく創価学会の婦人部の方たちに話しかけられるんですよ。佐藤優さんだね、いい本書いたらしいねって。あんた信頼してるからと。あと、今世はキリスト教でいいから、何回か輪廻転生を繰り返したら、うちのほうに来るだろうねと。そうすると逆に、横で聞いていた創価学会の幹部の人たちがあわてていました(笑)。


澤田:今世はキリスト教でいいからねって、明るい表現ですね。これは他宗教との優劣がないということでもありますよね。


佐藤:彼ら彼女らは、人間に強い関心があるんじゃないんですかね。生命、人間主義っていうことを重視する。それとつながるのが、この本の中で何度も出てきた「難」という言葉。苦難がやはり信心を強化する。人を強化する。だから、今このコロナという「難」に直面したときに、排外主義が強まっていくなかで、それに歯止めをかけてくれるっていう役割を、私は創価学会に非常に期待しているんです。創価学会員は、ナショナリズムや戦争に向けた動きがあっても、動かないんですよ。どんな理屈をつけて誰がどうやって動かそうとしても、体が動かない。だから、創価学会は、あれだけ激しい対立を日蓮正宗と起こしても、死者が一人も出てない。これもすごいことなんですよ。


澤田:そうですね。小説家の立場からすると、日蓮というのは、みんな興味を持つけれど、書くのに少々覚悟がいる人物です。そういう意味でも、創価学会のほうからアプローチしてみると実は捉えやすい、という気が今、してきました。明治から敗戦までを知ろうと思ったときに、やっぱり日蓮系の流れっていうのは、どこかで押さえなきゃいけないんですよね。


佐藤:それは絶対必要です。特に創価学会の人にとっては、日蓮ではなく釈尊から始まるというのは、モーゼとかアブラハムとか、あのへんの話をしてるように聞こえるんです。そうじゃなくて、イエス・キリストからスタートするということだったら、日蓮からスタートしないといけないんです。日蓮こそが、末法の時代の本仏なんだと。


澤田:対外的危機意識と日蓮を絡めて、その見方がどういうふうに変遷してきたかということには、個人的な興味があります。


佐藤:立正安国論の位置付けとも非常に関係してくるわけですよね。佐渡に渡る前の日蓮の業績も、創価学会は非常に重視するじゃないですか。これは時代の危機意識と関係してると思うんですよ。


澤田:創価学会の歴史を追いかけていくと、本当にこう、キリスト教がずっとやってきたことをぎゅっと短縮して、「NHKスペシャル」のようにまとめて見ているのと近い感覚を覚えます。


佐藤優(さとう・まさる)/作家・元外務省主任分析官。『創価学会と平和主義』『危機の正体』『ウイルスと内向の時代』『世界宗教の条件とは何か』など著書多数。2020年の菊池寛賞を受賞(撮影/楠本涼)
佐藤優(さとう・まさる)/作家・元外務省主任分析官。『創価学会と平和主義』『危機の正体』『ウイルスと内向の時代』『世界宗教の条件とは何か』など著書多数。2020年の菊池寛賞を受賞(撮影/楠本涼)





澤田瞳子(さわだ・とうこ)/作家。2010年、『孤鷹の天』でデビュー。『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞受賞。『若冲』『火定』『落花』『能楽ものがたり 稚児桜』で4度の直木賞候補に(撮影/楠本涼)

■曖昧にしておく力がある 機が熟すまでは決めない


佐藤:私にも、そういうふうに見えるんですよね。だから今回の本は、その点が創価学会の人からしても、意外な面白さだったと思うんです。その中で見えたこととして、創価学会は池田大作氏を信仰の核心においていくという信仰体系がある。私はこれに全然違和感がないんですよ。キリスト教もそうですから、結局。


澤田:なるほど。ただ池田大作氏は存命でいらっしゃるというところが、私からするとイエス・キリストと一緒にしていいのかというのがあるのですが……。


佐藤:本来仏教の考え方だと、悟りっていうのは誰でも開けるわけだから。悟りを開いたんだったら、それは仏なわけだから。


澤田:そういう意味では私は、既存の宗教観に侵されているんでしょうね。宗教とはすごく過去に作られたものっていうイメージが、どこかにあるようです。


佐藤:あと、創価学会の面白さに、「曖昧にしておく力」があるんですよ。例えば信濃町に広宣流布大誓堂というのがあるんですが、これが他宗派でいう本山に相当する中心なのか中心じゃないのか、よくわからないんですよね。SGIも、会憲ができるまでは「創価学会インタナショナル」教という宗教であるとも、各国の創価学会のネットワークであるとも、どっちとも読めたわけなんです。「機が熟すまでは物事を決めない」っていう、中途半端にしておく力がすごくあるんですよね。


 それはやっぱり、池田大作氏の発想で、それが教団の集合的な意識を作っているんだと思いますよ。無理やり型にはめて「これで行かないといけない」ということになると、教義主導で、現実を切り捨てちゃう。わからないところはわからないままで、歴史に委ねるみたいなところがあるんですよね。


(構成/編集部・木村恵子)


※AERA 2020年11月23日号より抜粋

相続だけじゃない! 生きているうちに夫婦でやっておきたいこととは? (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

相続だけじゃない! 生きているうちに夫婦でやっておきたいこととは? (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)


相続だけじゃない! 生きているうちに夫婦でやっておきたいこととは?






澤田憲2020.10.30 11:32週刊朝日







 (週刊朝日2020年11月6日号より)







 (週刊朝日2020年11月6日号より)




 配偶者に先立たれ何も準備をしていなかった場合、財産や人間関係などでトラブルになるケースがある。夫婦ともに健在の今だからこそできる準備を紹介する。

【表】要チェック!「死亡保険金の受け取り時にかかる税金の種類」と「相続税・贈与税にかかわる特例」はこちら

対策しておきたいのが、相続だ。

 ベストセラー『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』シリーズの監修を務める司法書士の児島充さんは、相続に必要な手続きが遺族の大きな負担になると語る。

「遺族には、相続財産と相続人を特定することが求められます。死後にこれらを把握することは、同居家族でも難しいものです」

 相続財産は、現預金だけではなく、自宅などの不動産、自動車・貴金属などの動産、有価証券、著作権なども対象となる。また、借金やローンといったマイナスの財産も相続の対象だ。遺族は、故人の預金通帳や郵便物、借用書などを手掛かりに、こうした故人の財産を調べ、把握しなければならない。個人でできない場合は、弁護士や司法書士といった専門家に調査や手続きを依頼することもできるが、作業量に応じて数万~数十万円の費用がかかる。また、調査完了まで1カ月~数カ月かかる場合もある。

「財産などの情報は、エンディングノートに記して、家族にノートの保管場所を伝えておくか、生前から家族間で情報共有しておくと、相続の手続きもスムーズに進みます」(児島さん)

 エンディングノートについては後述したい。

 一方、相続人の特定作業で、遺族の大きな負担となるのが、故人の「戸籍謄本集め」だ。

 例えば、故人と配偶者、その子どもらが記載された戸籍謄本だけでは、全ての相続人を特定したことにはならない。仮に、故人と前妻(前夫)の間に子どもがいた場合、その子も法律上は相続人としての権利を有する。ややこしいのは、転籍や婚姻、法改正により、戸籍は都度新しく作り直され、過去の情報(この場合、前妻との子どもの存在)は記載されないということだ。従って、相続人を正確に特定するためには、故人の出生時から死亡時までに作成された全ての戸籍を取得しなければならない。



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この戸籍謄本は、故人の預貯金の払い戻しを申請するうえで、金融機関に提出しなければならない。故人の口座は、金融機関が死亡を認知した時点で凍結され、没後は家族であっても原則として預貯金は引き出せなくなる。故人の戸籍謄本が複数ある場合、複数の市区町村の役場に申請に行ったり、郵送で請求したりといった作業が必要になるため、預貯金が払い戻されるまでに数カ月かかるといったことも考えられる。
 こうした負担を遺族にかけないために、生前に過去の全ての戸籍謄本をそろえておき、家族に保管場所を伝えておくのも一つの選択肢だろう。
 また、財産の相続で気になるのが「相続税」だ。できるだけ低く抑えたいのが本音だが、税理士兼ファイナンシャルプランナーの福田真弓さんは、「妻に財産を相続させる場合はほとんど気にかける必要はない」と話す。
「妻には『配偶者の税額軽減』が適用され、相続額が法定相続分もしくは1億6千万円以内であれば非課税になります。そのため相当な資産家でない限りは、特に節税対策の必要はありません」
 一方で、子どもに財産を相続させる場合は、さまざまな節税対策を講じることで、より多くの資産を残すことができる。その一つが、「暦年課税制度」による財産の生前贈与だ。
「通常、財産を贈与したときは『贈与税』がかかりますが、暦年課税制度を利用すれば年110万円までは非課税になります。年110万円の非課税枠は、財産を受け取る人ごとに設けられるため、例えば、長男と長女に毎年110万円ずつ財産を贈与し、それを10年間続ければ、2200万円分の資金を無税で移転できます」(福田さん)
 ただし、注意すべきことが二つある。一つは、生前贈与を行うごとに「贈与契約書」を作成し、贈与の事実を証明できるようにしておくこと。もう一つは、夫(被相続人)が死亡した日から3年以内に贈与された財産については、「相続税」の対象になることだ。これは裏を返せば、3年より前に贈与された財産(年110万円以下)であれば、贈与税も相続税もかからないことになる。そのため生前贈与を行うのであれば早いに越したことはない。
このほかにも、死亡保険金の名義を誰に設定しているかで、支払う税金の種類や金額が変わってくる。(1)の場合、受取人には相続税がかかるが、「500万円×法定相続人の数」までの保険金は非課税となる(例:妻と子2人の場合、1500万円を死亡保険金から控除できる)。さらに受取人が配偶者の場合は、先述した配偶者の税額軽減が適用されるため、巨額の保険金でない限り、無税で受け取ることができる。
 一方、(2)の場合は、「(死亡保険金―払った保険料―50万円)÷2」の金額に対し所得税がかかる。支払われる保険金の額が大きい場合は所得税も高額になるため、契約者を「夫」名義に変更して(1)のパターンに変更したほうがよい。また(3)の場合は、ほとんどの場合(1)(2)よりも税負担が大きくなるため、契約者と受取人の対象を見直そう。
「生前整理」も重要だ。荷物の整理だけでなく、携帯電話やサブスクリプション(定額制サービス)なども見直したい。配偶者の死後、何年にもわたって銀行口座から代金が引き落とされていたケースもある。
 また、遺言書の作成や葬儀業者の選定、墓地・墓石の購入など、今後行う作業を進めるうえでは、エンディングノートを作るといい。終活カウンセラー協会代表理事で、2万1千人以上の「終活カウンセラー」を育ててきた武藤頼胡さんは、「ポイントは、1ページを『過去・現在・未来』に分けること」と話す。
「例えば、『お墓』のページだったら、先祖代々信仰してきた宗教や宗派は何か(過去)、先祖代々の墓は今どこにあって誰が管理しているのか(現在)、自分もそこに入りたいか、あるいは別に墓を建てるのか(未来)といった感じです。このように物事を時系列で整理すると、自分が不安に感じていることや決断できていないことが可視化され、今後の行動計画が立てやすくなります」
 生前整理は、物や金だけでなく、人間関係にも気を配りたい。武藤さんは、信頼できる仕事仲間や友人など、自分の交友関係を「人物相関図」にしてエンディングノートに書くことを勧めている。「こうしておけば、没後に訃報を知らせるお互いの相手がすぐにわかるし、自分の死後も家族と友人らの縁をつないでおけます。遺族が円満な人間関係を維持できるようにしておくことが最後の役目です」
 この「遺族の人間関係を壊さない」という考え方は、遺言書の作成や葬儀、墓選びでも重要だ。
 遺言書には大きく、自分で紙に書いて残す「自筆証書遺言」と、公証役場に行って公証人に作成してもらう「公正証書遺言」の二つがある。どちらも法的効力は同じだが、自筆証書の場合、文書の形式に不備があると無効になる恐れがある。トラブルを確実に避けたいなら、公正証書が安心だ。
「自筆証書でもう一つ気をつけたいのが、遺言書の保管場所を本人が忘れたり、遺言書があること自体を家族が知らないケースです。死後、数年経ってから遺言書が発見されると、新たな火種になることもある。こうしたトラブルを防ぐために、今年の7月から自筆証書遺言を法務局が預かって相続人に通知してくれる制度ができました。不安な方はぜひ利用をお勧めします」(武藤さん)
 また、葬儀業者や墓地・墓石を選ぶうえでは、生前に3カ所ほどから相見積もりを取っておきたい。このとき総額だけでなく、素人が見てもわかりやすい料金表示になっているかチェックしよう。
「悪質な葬儀業者だと、項目が大ざっぱだったり、参列者の数によって料金が変動する旨を記載しておらず、葬儀後に大幅に割り増しした代金を請求してくることもある」(同)
 もしもの事態は、いつやってくるかわからない。「まだ早い」と感じる今から、夫婦で生前対策を始めよう。(ライター・澤田憲)
※週刊朝日  2020年11月6日号より抜粋

日本一多い!八幡神社にまつられる「八幡さま」は、どんな神さま? 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

日本一多い!八幡神社にまつられる「八幡さま」は、どんな神さま? 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

日本一多い!八幡神社にまつられる「八幡さま」は、どんな神さま?

tenki.jp

神社の重要な行事、秋の例大祭の季節がやってきました。

日本には「八百万の神」という概念があり、全国にはさまざまな神々をまつる神社がありますね。そのなかで最も多いのが、「八幡神(やはたのかみ、はちまんしん)」をご祭神とする八幡神社です。ところで、「八幡さま」とはどのような神さまなのでしょうか。

今回は、ご祭神から見る神社の種類と、八幡信仰の重要な儀式「放生会(ほうじょうえ)」についてご紹介します。


興味深い!神社の分類と神さまの系統

初詣や合格祈願、お宮参り、七五三など、節目に訪れる機会の多い神社。名称は八幡神社、天神神社、稲荷神社、諏訪神社などさまざまで、ご祭神も多岐にわたります。神社本庁の「全国神社祭祀祭礼総合調査」によると、八幡神社や八幡宮、若宮神社などの八幡信仰に関わるものが最も多く、その次が伊勢信仰(神明社、神明宮、皇大神社、伊勢神宮)、3番目が天神信仰(天満宮、天神社、北野神社)、次いで、稲荷信仰(稲荷神社、宇賀神社、稲荷社)という結果になっています。

神道の神々に目を向けると、その系統は主に3種類に分けられます。天照大神に代表される「日本書紀」や「古事記」に登場する神話における神々、一方で神話には登場せずに新たにまつられた神々も多く、八幡神はこちらに当たります。菅原道真の天神信仰など、歴史上の人物が神としてまつられるケースもあります。神話に登場せず、実在の偉人でないにも関わらず、全国で多大な信仰を集める八幡神とはどのような神なのでしょうか。さっそく紐解いてみましょう。


八幡さまは、土着神であり天皇の化身でもある

八幡神は、元々は大漁旗を意味する海神といわれ、神社では誉田別尊(ほんだわけのみこと)、あるいは応神天皇(おうじんてんのう)の祭神名でまつられています。大分県の宇佐氏が崇敬した地方神でしたが、ご神託を通じて第15代天皇である応神天皇の化身とされ、土着的な神と天皇のご神霊が結びついた特別な性格を持ちあわせているのです。

応神天皇は弓術の達人とされており、武の神や出世開運の神として崇められていました。平安時代には、天皇家を祖とする清和源氏が京都の石清水八幡宮を氏神としたことで、武勇の神として多くの武士からの信仰を集め、一般の信仰の対象としても広まっていきました。

八幡神は571年に宇佐の地にはじめて示顕(じげん)したと伝えられ、宇佐神宮(大分県宇佐市)は八幡宮の総本宮です。石清水八幡宮(京都府八幡市)、筥崎宮(はこざきぐう、福岡県福岡市)、または鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)をあわせて、日本三大八幡宮とされています。


生きとし生けるものの平安と幸福を願う「放生会」

放生会は、全国の八幡神社で行われる伝統的な秋季例祭。殺生を戒める仏教の教えにより、捕獲された鳥や魚、虫などの生き物を自然に放って供養する儀式です。古来より日本人は、生き物には霊が宿っていると考えてきました。その供養を行なって功徳をつむことは、古より受け継がれてきたのです。

放生会の由来は720年に起きた「隼人の反乱」にさかのぼります。鎮圧された隼人の霊を慰めるために宇佐神宮ではじまり、全国各地に広まったといわれています。かつては旧暦8月15日に行われていましたが、現在は新暦にあらためて9月15日前後に斎行している社が多くみられます。石清水八幡宮の「石清水祭」は9月15日、筥崎宮「放生会供養祈願祭」は9月12〜18日、9月14〜16日にかけての「鶴岡八幡宮例大祭」では、16日に鈴虫放生祭が執り行われます。宇佐神宮では、奈良時代より明治13(1880)年まで「放生会」と呼ばれていましたが、以後「仲秋祭」と名称が変更になりました。日程も毎年10月第2土曜日から月曜日までの3日間となっています。

放生という仏教的思想と、殺生の宿命を負った武神としての八幡神。ふたつの相反する概念の融合である放生会は、神仏習合という日本独自の宗教観が成立する発端になったともいわれています。2020年は放生会の由来から1300年となる節目の年でもありますね。放生会には、生きとし生けるものすべての平安と幸福を願うという意味合いがあります。日本独自の宗教観と生命そのものに対する慈しみの心が、八幡さまをより身近な存在にしているのかもしれません。



※外出の際は、手洗い、咳エチケット等の感染対策や、『3つの密』の回避を心掛けましょう。

※新型コロナウイルス感染拡大の影響で外出の自粛を呼び掛けている自治体がある場合は、各自治体の指示に従いましょう。

※お出かけの際は、各施設、イベントの公式ホームページで最新の情報をご確認ください。



参考文献

岡田芳朗・松井吉昭 『年中行事読本』創元社

島田裕巳『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』幻冬社

参考サイト

宇佐神社

石清水八幡宮

筥崎宮

鶴岡八幡宮

今年はご利益3倍 コロナ禍で激減も日本の再生願う「四国遍路」 (1/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

今年はご利益3倍 コロナ禍で激減も日本の再生願う「四国遍路」 (1/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)


今年はご利益3倍 コロナ禍で激減も日本の再生願う「四国遍路」






島俊彰2020.6.9 17:00週刊朝日#新型コロナウイルス







遍路は春と秋が人気のシーズン。季節の花々に癒やされる=香川県観音寺市







杖や菅笠などの遍路装束を身につけた筆者=香川県観音寺市







あちこちにあるこけむした石仏が時の流れを物語る=高知県土佐清水市







道しるべに山道の木に時々かかっている短冊=愛媛県内




 あれから13年になる。生き方に迷った私が四国遍路に飛び出してから。今、新聞社のデスクとして東京で紙面作りに追われつつ、思い出されるのは、あの旅路のことである。空と海の青に包まれ、寺から寺へ、思うままに歩いた。コロナ禍後の、往来復活を願わずにはいられない。行く人の心を開く、それぞれの道筋。

【四国遍路の写真をもっと見る】

「遍路」は春の季語。四国霊場八十八カ所をうるう年に反時計回りに回ったら、ご利益は「3倍」になる。そんないわれから今年はお遍路さんが多くなる、とみられていた。花咲く季節に人々はめいめいの祈りを届けるはずだったが、新型コロナウイルスの影響でままならなくなった。

 弘法大師・空海ゆかりの寺88カ所を巡るのが四国遍路。一周の距離は1200キロともいわれる。かつて寺を巡った証しに、参拝者が納札を柱に打ち付けていたことから、寺を「札所」といい、参ることを「打つ」という。時計回りに順番に回ったら「順打ち」。逆なら「逆打ち」。一度で一周するのを「通し打ち」、時々訪れて少しずつ進んでいくのを「区切り打ち」という。

 年間10万から15万人ほどが巡礼に訪れているといわれ、近年はバスツアーが多い。特にうるう年の今年は旅行会社も「稼ぎ時」になるはずだったが、コロナ禍で、人気プランを手がける阪急交通社(本社・大阪市)は4月7日からしばらくの間、お遍路ツアーの中止を余儀なくされた。緊急事態宣言が全国に拡大され、四国八十八ケ所霊場会(香川県善通寺市)も5月10日まで、御朱印などを授ける納経所を閉鎖するよう各寺に求めた。

 参拝客が「9割は減った」と話すのは、徳島県阿南市の四国霊場第22番札所、平等寺の住職、谷口真梁さん(41)。「このような中で宗教、仏教にできることは人々の心に静けさをもたらすよう、祈る、行動する、指導することしかない」。コロナ禍による犠牲者供養のため竹灯籠でできた巨大な曼荼羅を二つ建立するべく、竹の切り出し作業を始めている。

 そもそも、うるう年に巡ると「ご利益が3倍」というのはこんな逸話からだ。

 むかしむかし、伊予の国(愛媛県)に豪農の衛門三郎という人がいた。四国を巡り托鉢中の僧を門前で追い返す非礼を重ねた。

 すると、その後自分の子どもらが次々と死んでいくではないか。その僧が弘法大師だったことを知った三郎は、わびるために後を追うが、何度巡っても会うことができない。そこで逆回りで歩いてみるのだが、12番札所の焼山寺のふもとで倒れてしまう。

 そこへ弘法大師が現れる。わびる三郎から、生まれ変わりたい、という願いを聞き入れ、手に石を握らせる。三郎は人のために生きると誓って息を引き取る。後年、伊予の国の領主の家に、石を手にした子が生まれる。51番の石手寺(松山市)にはそれと伝わる石が残る。

 三郎が遍路道を逆に回って、弘法大師に会えたのがうるう年だったとの説があり、その年の逆打ちはご利益が大きいというわけだ。



 コロナ禍で春の参拝はままならなくなったが、お遍路はそもそも病気や厄災と無縁ではない。

「衛門三郎の伝説は、生まれ変わるという『死と再生』の話でもある」



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愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センター長の胡(えべす)光さん(54)はそう語る。いまの日本ではほぼ感染する人はいないハンセン病(らい病)に特効薬がなかった時代、集落内では生きられず、治癒を願いながら「職業遍路」として四国を巡り続けていた人たちもいた。太平洋戦争や東日本大震災の後に、故人をしのんで遍路をした人たちも少なからずいたという。


 胡さんはさらに言う。


「コロナ禍が落ちつけば、遍路をする人は増えるのではないでしょうか。日本の再生を願って遍路をするのは意にかなっています」


 愛媛大による札所での調査では、遍路をする理由について、親族の供養、自分探し、治癒など様々な目的が語られている。そこには自分を「再生」させようという共通の認識がみられるという。


『四国遍路』(中公新書)や『四国遍路の近現代』(創元社)の著書がある三重大学教授(地理学)の森正人さん(44)は、遍路は「伝統的な宗教」あるいは「既成宗教」の営みと見られがちだが、宗教的な教義は持っていない、と指摘する。礼拝の仕方、巡拝の仕方などもかつては規定されていなかったといい、「何にでも結びつくことができる」という。


 近代では観光と積極的に結びついて愉楽や娯楽という意味を持ち、戦中はナショナリズムや国家政策と結びつき、衛生的な健康のためという意味も帯びた。


 1990年代からの「失われた30年」や新自由主義の時代には、「自分探し」や「癒やし」と結びついた。社会のニーズの中で、社会のある特性と結びつき、新しい意味を持つ。つまり四国遍路は常に「新しい」と指摘する。


 四国八十八ケ所霊場会の公認先達、奈良県大和郡山市在住の山下正樹さん(75)も、そんな遍路の“懐”の中に飛び込んだ一人。


 元銀行員で、現役時代は朝から晩まで働いて出世競争をした。45歳のある日、系列会社への出向を命じられた。敗北感を感じつつも、何か前向きになれるものを探していた。50歳のとき、尿管結石で1カ月入院。そのとき偶然、遍路の体験が書かれた本を手にした。子育てや家のローンが一段落して、57歳で早期退職。初めて歩き遍路の旅に出た。「人生を切り替えるため」だった。


 四国にはお遍路さんへの「お接待」という文化がある。水や茶を差し入れたり、ミカンを手に持たせたり。そんな優しさに心打たれ、山下さんは遍路道を13回も歩いて巡った。今では88歳までは歩き遍路をするのが目標になった。


 逆打ちはこれまで4回した。順打ちの場合は、遍路道の木の枝に協力会が下げた札や、道順を示す看板、「道しるべ石」と呼ばれる石柱などが所々にあるが、逆打ちではそれらが背を向けていて、すぐ迷子になる。いきおい地元の人に話しかける機会が多くなる。





「逆打ちは苦労して行くからありがたみがあると言われてきた。人に道を尋ねて進むことが遍路の本来の姿ともいわれる。だから人の優しさに出会えるのです」





 13年前の秋、香川県の高松総局に勤務していた記者は一念発起して、歩いて通し打ちをした。振り返ると、人生の谷間にいたり、区切りを迎えたりした人々が多くいた。道中に何かを見いだしたい、という祈りを持っていたように思う。


 そのときに出会った人たちとかわした何げない会話が深く心に染みこんでいる。


 妻を亡くした60代の歩き遍路の男性と、大雨で駆け込んだ高知の民宿で出会った。喪失感にさいなまれていたというが、歩くうちにこう思い至ったそうだ。


「自分が健康に暮らし、少しでも妻との思い出を生きて守る。それが、この世と妻の縁を長くつなげる自分の役目だ」


 カバンに妻の写真を入れ足首にテーピングをして、しっかりと歩いていた。


 60代のある夫婦の遍路とは愛媛の札所で会った。家の中をすっかり片付けて覚悟を決めた。


「二人で体の限界を感じながら、同じ苦労を改めてしたかった。不測の事態で戻れなくなってもいい」


 夫は糖尿病で、道中苦しくなることも。急な坂道を歩いているとき、見ず知らずの人に車の「お接待」に誘われた。乗せてもらったのに「乗ってくれてありがとう」と言われた。


「逃げずに進めば、誰かが見てくれている」
 と妻は思った。印刷所の営業マンの夫は、
「真心があれば裏切られることはない」
 と、長年仕事をしてようやく知ったことが再確認できた気がしたという。


 山河を巡る遍路道。先を急げば足を痛める。路傍のこけむした石仏、行き倒れて死んだ遍路の古い墓が見つめている。野宿をして星空を眺め、虫や動物の亡骸をみて生命のはかなさを知った。


 こうした出会いを重ね、
「人生で何が大切なのか」
 と、私は確かめていたのかもしれない。


 当時35歳で、それまでの記者生活の半分以上が事件・事故担当だった。6年いた大阪社会部では汚職や詐欺、金融犯罪、調査報道の取材などに時間を費やした。激しい時期は、事件関係者に取材するため日付が変わるまで夜回りをし、午前3時すぎに他社の朝刊で特ダネを抜かれていないかを確認。朝6時には、出勤する捜査員らへの接触を狙ってタクシーに乗り込むという日々。


 協力するようなふりをして事件関係者に接近しては「取材にこう話した」と記事を書いて「背中から斬る」ようなこともした。もちろん家事や子育ては任せきり。何度取材してもうまく行かず、記事も載らず、ストレスで飲み続けて愚痴をこぼす日々もあった。


 すべて、社会に潜む「構造的不正の追及」のためと自分なりに思い込んだゆえだった。


地方都市の高松へ異動して、そんな目標を見失っていた。時間に余裕はできたが、家族への接し方も不器用なままで、不摂生も続いていた。四国はそのとき、うどんブーム。映画「UDON」が公開されてまもない頃で、朝うどん、昼うどん、夜うどん。飲んだ後には締めうどん、という炭水化物天国。心も体もだぶついた。

 そのせいだろう。杖を片手に歩く菅笠姿の歩き遍路の姿を見て、「行かなくては」とひかれた。

 体験記事を書きながら遍路に出ることを許され、1番霊山寺で初めて白装束に袖を通した。住職にこう言われ、送り出されたのを思い出す。

「『私の毎日は人のためになっているのか』ということを見つめたいのではないかな」

 2日目に山のふもとの駐車場にあったベンチで夜を明かし、満天の星空を見たとき、なるべく野宿をすることを決めた。室戸岬への海沿いの道は長かったが、どこまでも広く、青い海に何かが洗われる気分だった。汗だくになって登った山の上の空気はどこよりも澄んでいた。

 出会った市井の人々が、ふと語りだす。

 一緒に坂道を上がった遍路の女性が「自分のためではなく、他人のため、ほかのもののために祈ることができなくなったらだめだと思うの」とつぶやく。境内にいた老女は「自分を押し上げてくれるものがあるやろう。それが『おかげ』なんよ」と教えてくれた。

 なまりきった体で連日歩くのはきつい。リュックは12キロほどで筋肉痛、それから関節痛。足裏が腫れ、眠れぬ日も続いた。

 すると、「修行とはこつこつと積み重ねることです。草木も水を毎日きちんとあげなければ花は咲かないでしょう」という僧侶の言葉が腑に落ちた。

 愛媛まで来たとき、ある寺の法主に「遍路で何か変わりましたか」と尋ねられた。「焦りが薄れ、親切を感じたときに合掌することが増えたような気がする」と言うと、「心とは命です。心が備わって命が存在するのです」と説かれた。そのころには山登りもそれほど苦痛ではなくなっていた。体も軽くなり、少しずつだが自信を取り戻しつつあったのだろうと思う。



香川県の88番大窪寺から1番へ戻って1周し、和歌山県の高野山へお礼参りをするまで1カ月半。がらにもないことだが、心から思った。


「生きていることはありがたい」





 それから愛媛県出身の早坂暁さん(故人)に取材する機会があった。テレビドラマ「夢千代日記」「花へんろ」や映画「空海」の脚本で知られる作家だ。


「遍路をすると、向日性の人間になる。いい方向へ考える精神状態になる」


 遍路道を歩いている人は悩みと正面から向かい合う。ふてくされても、誰も返事はしてくれない。夕方に寺に着いて拝んでいたら、ふと涙が出てきて、自分が悪かったと慟哭し、心のしこりが浄化されるのだ、と。


 空海は、民衆が何に悩み、迷っているか、その痛みや苦しさをどう和らげるのかということを考えていたという。


「まるで臨床医のような僧侶だった。歩きなさい、歩いて歩いて、祈りながら歩けば、あなたは悩みから解放される」と教えたそうだ。早坂さんは歩くことの自由を説き、こう語った。


「日本人は千年以上、この道を歩いて悩みを解消してきた。どの宗教も行き着くところは一緒だ」


 その話に強く共感した。「遍路に行く」と言うと、いぶかる人もあるかもしれないが、決してそれは現実逃避の場ではない。道中はまさに自問自答の繰り返しで、自分と向き合い続けるからだ。自然に身を委ね、汗をかき、偽りのない自分を見つめられる。


 人をあやめたり、だましたり。傷つけられたり、損をしたり。取材で接してきたそんな現実も森羅万象の一端であり、自分もまたそんな広大な世界の網目の小さな小さな一つでしかない。暴風雨の石鎚山で山頂近くの岩にしがみついていたとき、そうとしか思えなかった。眉をひそめるようなことが起きない世界を希求しながら、自分ができることは限られている。


 ただ、そうであっても自分は歩いていく。それでいいのだ、と。


 記者はまた、数年に一回、区切り打ちをしに四国へ出かけている。次回は高知市の31番札所・竹林寺からだ。このウイルス禍が落ちついたら、その次の社会で自分のすべき役割を、遍路の中に確かめに行きたい、と思っている。みなさんも疲れ果てた心を、四国で開放しませんか。(朝日新聞社会部・島俊彰)


※週刊朝日  2020年6月12日号

「癒しブーム」で“誤解”拡大 帯津医師が語る癒しの本質 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

「癒しブーム」で“誤解”拡大 帯津医師が語る癒しの本質 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)


「癒しブーム」で“誤解”拡大 帯津医師が語る癒しの本質
連載「ナイス・エイジングのすすめ」
帯津良一2020.10.19 07:00週刊朝日#帯津良一







帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長







山折哲雄さん  (c)朝日新聞社




 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「癒(いや)しについて」。

【写真】帯津さんが敬愛する宗教学者の山折哲雄さん

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【癒し】ポイント
(1)癒しほど誤解されやすい言葉はない
(2)癒しがいつの間にか受け身になってしまった
(3)自然治癒力を原点に自らが癒すことを忘れずに

 皆さんは「癒し」という言葉にどういうイメージを持っていますか。実は、癒しほど誤解されやすい言葉はないと私は思っています。

 私が提唱するホリスティック医学では、癒しが中心的な役割を担っています。1987年に日本ホリスティック医学協会が設立されたときに、ホリスティック医学の定義を掲げました。そこに次の2行があります。

「自然治癒力を癒しの原点におく」
「患者が自ら癒し、治療者は援助する」

 人間をまるごととらえようとするホリスティック医学では、人間を「からだ」「こころ」「いのち」の側面から見ていきます。このうち「からだ」については、西洋医学の<治し>の方法が有効です。しかし、「こころ」については、西洋医学的なアプローチでは不十分。「いのち」にいたっては、西洋医学は対象にすらしていないような状態です。この「こころ」「いのち」を中心にアプローチするのが<癒し>の方法なのです。

 ところが癒しと言ったときに、前述した「患者が自ら癒し、治療者は援助する」といったことが忘れられがちです。

 癒しという考え方を世の中に広めるにあたって、大きな功績があるのが、文化人類学者の上田紀行さんです。『覚醒のネットワーク』(89年、河出文庫)、『スリランカの悪魔祓い』(90年、講談社文庫)、『癒しの時代をひらく』(97年、法蔵館)といった著書を通じて、癒しの重要性を語り続けました。

 上田さんが癒しの中心に据えたのも、自然治癒力であり、自ら癒すということです。『覚醒のネットワーク』の第6章のタイトルは「私と地球の病気を癒す」というもので、「『自然治癒力』を取り戻す」「からだの中の声が聞こえてくる」「『おすがり』を超え、『自分が主役』になっていく」という内容が続きます。



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ところが、世の中に癒しという言葉が広がり、いわゆる「癒しブーム」が起きると、癒しが本来持っていた主体性が失われてしまいました。癒しがいつの間にか、受け身で使われるようになり、「癒し=癒される」となってしまったのです。


 私が敬愛する宗教学者の山折哲雄さんは、その風潮に警鐘を鳴らすために「『癒し』は『卑しい言葉』だ!」という論を展開し、こう言いました。


「いま『癒されたい、癒されたい』と叫んでいる人々には、あまり生命力を感じられません。(中略)本当に傷を治そうとするならば、『癒し、癒し』と叫ぶことなしに、自分の生命力を軸にして、それを治すべきでしょう」(『本当の「癒し」って何!?』、共著、2000年、ビジネス社)


 癒しは受け身のものではないのです。「自然治癒力を原点に、自らが癒す」ということを忘れないでください。


帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中


※週刊朝日  2020年10月23日号

健康に欠かせない3要素の1つ「霊性」とは? 帯津医師が解説 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

健康に欠かせない3要素の1つ「霊性」とは? 帯津医師が解説 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

健康に欠かせない3要素の1つ「霊性」とは? 帯津医師が解説

連載「ナイス・エイジングのすすめ」

帯津良一週刊朝日#ヘルス#帯津良一
帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長

帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長

世界保健機関(WHO)本部=スイス・ジュネーブ (c)朝日新聞社

世界保健機関(WHO)本部=スイス・ジュネーブ (c)朝日新聞社

 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「霊性について」。

*  *  *
【WHO】ポイント
(1)WHO憲章の健康の定義を改定する動きがあった
(2)改定案には霊的という言葉が加わった
(3)健康は身体性・精神性・霊性すべてにかかわる


 1948年のWHO(世界保健機関)設立のもととなるWHO憲章に健康の定義が定められています。それは以下のようなものです。

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」(日本WHO協会訳)

 98年にこの定義を改定しようという動きがありました。改定の準備段階での協議会に出席した山口昌哉さんの報告(「『霊性』ととりくみはじめたWHO」季刊仏教98年10月発行)によりますと、新しい定義として考えられたのは次のようなものでした。

「健康とは身体的精神的社会的かつ、霊的(スピリチュアル)に完全に一つの幸福のダイナミカルな状態を意味し、決して単なる病気や障害の不在を意味するものではない」

 つまり、これまでの定義にスピリチュアルとダイナミカルという言葉が加わったというのです。私はこの報告のコピーを見せられたとき、感動して身体が震えました。

 これまでも述べてきましたが、私が提唱するホリスティック医学では人間を「からだ」「こころ」「いのち」の側面からとらえます。

 英訳すると「BODY」「MIND」「SPIRIT」です。つまり「いのち」の本質とは霊性(スピリチュアリティー、spirituality)にあると言っていいのです

 しかし、98年当時、日本の医学界で霊性とか霊的などと言おうものなら、爪弾(つまはじ)きにあうか、白眼視されました。ですから、WHOという国際機関で霊性について真正面から議論していると知って、心から感動したのです。



この改定案は99年のWHO総会で審議されましたが採択にはいたりませんでした。しかし、20年の歳月が流れて、日本でも多くの医師が霊性を受け入れるようになってきています。まさに今昔の感です。

 ここで、霊性とはどういうものなのか、もう一度整理したいと思います。それには統合医学のオピニオンリーダーであるアンドルー・ワイル博士の説明を引用するのがいいでしょう。

 博士は「人間は身体性・精神性・霊性という三つの要素からなっている。したがって、健康は必然的にその三要素すべてにかかわるもの」と述べた上で次のように言っています。

「霊性というと、多くの人が宗教の世界の話だと考えてしまう。しかし、霊性と宗教にははっきりとした区別がある。エネルギー、本質といった、人間存在の非身体的・非物質的な側面にかかわるもの、われわれの一部分で、生まれる前から存在し、からだが崩壊したのちも存在するもの、それが霊性だ」(『心身自在』上野圭一訳、角川文庫)Andrew Weil 8Weeks

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

※週刊朝日  2020年11月13日号








創価学会とキリスト教に共通点? 「世界宗教化のプロセスが似ている」と佐藤優氏 (1/5) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

創価学会とキリスト教に共通点? 「世界宗教化のプロセスが似ている」と佐藤優氏 (1/5) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)
創価学会とキリスト教に共通点? 「世界宗教化のプロセスが似ている」と佐藤優氏






2020.11.12 08:02AERA







佐藤優(さとう・まさる)/作家・元外務省主任分析官。『創価学会と平和主義』『危機の正体』『ウイルスと内向の時代』『世界宗教の条件とは何か』など著書多数。2020年の菊池寛賞を受賞(撮影/楠本涼)







澤田瞳子(さわだ・とうこ)/作家。2010年、『孤鷹の天』でデビュー。『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞受賞。『若冲』『火定』『落花』『能楽ものがたり 稚児桜』で4度の直木賞候補に(撮影/楠本涼)







池田大作研究 世界宗教への道を追う

佐藤 優

amazon.co.jp


 作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏の、AERAでの連載を完全収録した書籍「池田大作研究 世界宗教への道を追う」が発売された。連載を振り返り、筆者の佐藤氏と作家の澤田瞳子氏が語り合った。AERA 2020年11月16日号の記事を紹介する。

【写真】作家の澤田瞳子氏はこちら

*  *  *
佐藤:こんな長い本を読んでいただきまして、ありがとうございます。

澤田:知らないことだらけでした。読ませていただき、このテーマにずっと関心をお持ちだったんだなと感じました。

佐藤:結構長いんです。本格的にこのテーマに取り組んでから10年くらいになります。

澤田:池田大作氏の著作、多いじゃないですか。それを把握するだけでも大変でしょうに。

佐藤:そう。でもね、全集があるんですよ。『池田大作全集』全150巻。全集に収まっていないもので重要なのは、『新・人間革命』。これが30巻31冊。そのテキストをベースにすれば、大体のことはわかるんじゃないか、と。

澤田:なるほど。

佐藤:創価学会のことを書こうとなると、だいたいみなさんは、取材を中心にやっていこうとするんですね。そうすると、学会の中の人は話せることに限界があるし、やめた人の中には「恨み骨髄」みたいな感じの人もいる。だから、こういうときには大量の公式の文書をもとにしようと。私が外務省時代、ソ連やロシアの情勢を分析するときは、公開情報を中心に読んでいく「オープンソースインテリジェンス(公開情報諜報)」というやり方を使いました。それでやってみようと思ったんです。

澤田:歴史学においては、遠い時代ほどちゃんとしたテキストから分析でき、近い時代になればなるほど、いろんなことにゆがみが生じるのですが、それと一緒ですね。

佐藤:似ています。私の指導教授の一人で、藤代泰三先生(故人/歴史神学)という方がおられたんですけどね。この先生は、私がチェコスロバキアの社会主義国家と教会の関係を研究すると言ったら、「やめたほうがいい」と言うんです。新しすぎる、歴史記述というのは50年前でやめないといけない、本当は100年ぐらい前でやめたほうがいいかもしれない、と。そうじゃないと、その関係者が生存してるから、と言うんですね。

澤田:わかります。

佐藤:藤代先生は、お弟子さん、あるいは子どもとか孫とかが生存していると、そこへの配慮とかそこから入ってくる情報でゆがむんだとおっしゃるんですよね。しかし、私は言い返した。先生の本って10年前のことぐらいまで書いてあるじゃないですか、と。すると、「僕が現実への関心が強いので、それは僕の限界なんです」って、藤代先生はおっしゃられた。

澤田:なるほど。でも、人とか社会とか、すごく身近なものをやりたいと思えば思うほど、ちょっと遠い話に焦点を合わせたほうがいいというのは、逆説的ですけど、面白いですね。



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■世界宗教化のプロセス キリスト教と似ている


佐藤:この『池田大作研究』を出したことで、誰と対談をやりたいかとなったときに、僕は一番に澤田さんにお願いしたいと思ったんです。文学を専門とする人と対談したかった。創価学会が支持母体となっている公明党は与党の一角を握っているから、政治的な立場が濃厚な人だと、無意識的であれ意識的であれ、その立場が出ちゃうから、「テキスト」として読んでもらえないと思ったんです。


澤田:確かに。私は100%「テキスト」だと思って読みました。


佐藤:「テキスト外」のところで評価されてしまうと、創価学会におもねっているんじゃないかとか、逆に学会の外の人間である者がなんでこんなものを書くのかとか、いろんな意見が出てくると思う。そのときに、「テキスト」をしっかり読んでくれる人と話をしたいと、こう思ったんです。


澤田:佐藤さんは、本当に宗教的に興味があって、これを書かれたんだなというのが、よくよくわかりました。


佐藤:そうなんですよ。僕はキリスト教徒で宗教が違うがゆえに、創価学会員にとって大切なものがわかるわけです。我々、キリスト教徒にとっても大切なものがあり、そこを侮辱されるのは嫌です。それと同じことだなと。


 創価学会が世界宗教化しているというのは本物なんだということも描きたかった。壁を破壊して、社会革命や政治革命を行うということじゃなくて、人間は変化する可能性があるから、壁の向こう側に価値観を共有する人材を作って送り出していく。そのプロセスが面白かったんですよ。キリスト教が世界宗教化していくときのプロセスに似てるなと思って。


澤田:そのお話、非常に興味深かったです。ある意味、ここで創価学会について述べ尽くされた感があるのかなと思ったのですが、明治前後に生まれたほかの日本の宗教、例えば大本(おおもと)や天理教には、関心は持たれないんですか。


佐藤:大本に関しては、高橋和巳さんがこの教団をモデルにして『邪宗門』という大きな古典的な作品を作られているから、たぶんそれを超えるような仕事ってできないと思うんですよ。そして、天理教も大本も、世界宗教的かどうかというところで、創価学会とは違いますね。その広がりがあるかどうかということ




澤田:第2次世界大戦までは、これらの宗教はよく似た場所に立っていたけれど、そのあとが随分変わってきたなというふうに思いました。


佐藤:そうなんですよね。創価学会は、池田大作という人が、牧口常三郎(まきぐち つねさぶろう)と戸田城聖(とだ じょうせい)の遺産を継承して、解釈し、行動していく過程で変わっていったと思います。そして、本来は出身母体であったはずの日蓮正宗とも大戦争になった。世界宗教になる上で、自分たちの母体から抜け出していかないといけないというのは、私には、ユダヤ教からスタートして、ユダヤ教から抜け出していかざるを得なくなったキリスト教と酷似していると思いました。ただ、論壇にはある種の創価学会タブーがあるでしょう?


澤田:まず、宗教団体として大きく、そして政治に結び付いているように見える。この2点でほかの宗教団体と違うのかもしれません。


佐藤:ただ、神社本庁だって、政治と結び付いているわけですよね。


澤田:ええ。個人的な感覚でいうと、池田大作さんというご存命の方と、宗教、その信仰的なことが結び付いているという点が、特別に見えるのかもしれません。


佐藤:なるほど。僕は既成宗教と新宗教を分けて、新宗教だからいかがわしいみたいに思うっていうのは嫌いなんです。キリスト教も、スタートは新宗教ですから。そういうところに偏見を持ってはいけないと思うんですよね。


 ただ、なぜここまでの力が創価学会にあるのかというところに関心が強かった。戦時下の創価教育学会(創価学会の前身)っていうのは、国と非常に距離があって、弾圧された。その結果、創価学会初代会長の牧口常三郎は獄中死しています。そこからのスタートだから、「おのれ権力」という発想になるはずで、ある時期まではそうだった。それが途中からは、ただ反体制ではなく、むしろ体制化していく。ただし、体制に取り込まれてしまったわけではない。その部分が面白かったんです。キリスト教に似ています。


■発展して変化しよう その意思が内側にある


澤田:そういうところも含めて、実は創価学会って非常にフラットだと、この本を拝読して知りました。いつまでも恨むとか、そういうことを引きずらないというのを、まさに体現しているのかなとも思いました。


佐藤:僕もそう思うんですよね。今回の組閣で考えてみても、(小選挙区で2度も公明党の山口那津男氏を破った)平沢勝栄さんが自公連立政権の閣僚で入ってるっていうのは、ある意味びっくりしました。別に、まあ過去は過去だと。本人もまずかったなと思ってるんだから、いいんじゃないでしょうかぐらいの感じですからね。





それから、この本で扱った中で面白かったと思うのが、藤原弘達さんです。藤原弘達という人が、創価学会や田中角栄の圧力に屈せず、言論を守った人だって言われてきたんだけれども、実は去年出版された志垣民郎さんの『内閣調査室秘録』の中において、藤原さんが内調との関係が非常に密接だったということが出てきました。


 私自身、過去にやってきた仕事と合わせて、皮膚感覚でわかるんですよ。なるほど、こういうことって国家ってやるからな、と。だから、あのときの創価学会の力は国家にとって相当の脅威だったわけですね。


澤田:国家にとって創価学会は、あんまり経験したことのない団体だと思うんですよね。


佐藤:そう思います。創価学会の面白さや謎というのはそこなんです。今でも創価学会って、国家もよくわからないところがあると思う。それはやっぱり、宗教と政治っていうものが重なるところもあれば、重ならないところもあるということ。


 それから、創価学会もいま過渡期にきている。2014年という年が、実は創価学会にとってすごく大きい年だったと僕は思うんですよ。一つは、公明党の結党50年で、再び池田大作氏の名前と顔が出てきた。これ、唐突なんです。それまで出てこなくて。公明党の50年党史で突然出てくるんです。


 それと同時に、教義条項の改正というのがあって、大石寺(たいせきじ)にある本尊との関係を断ち切るということをやったんですよね。翌年に、この教義条項をどういうふうに読むかっていうことで、江戸時代に日寛という非常に重要な指導者がいたんですが、この「日寛教学」の見直しに入る。それから「勤行要典(ごんぎょうようてん)」という、彼らが朝晩祈念する文章の中に、牧口常三郎、戸田城聖、池田大作っていう3人の名前が入った。そしてそのあと、創価学会の憲法に相当する「会憲」を作り、創価学会インタナショナル(SGI)のネットワークとしての位置付けを整備する。その基点が2014年だと私は見ています。





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それとともに、公明党の人が創価学会の話をするようになってきた。創価学会の人も、政治の話をストレートにするようになりました。それまでは、公明党の会合に行くと創価学会のことは言わない。池田大作氏のことは言わない。政教分離を徹底するんだっていうのがありました。実は、政教分離というのは、国家が特定の宗教を優遇したり忌避したりすることを禁じるもので、宗教の側から政治に関与することは構わないんだけれども、創価学会も、言論問題以降、過剰に抑制しているところがあった。それがオープンになってきたっていうのも面白いなと。


澤田:確固たる宗教を持たない一般的日本人からすると、宗教とは既にでき上がっているもので、教義も今から変わるものではないと感じがちなのですが、今のお話を伺うと、いまだに変わり続けて、発展して変化していこうという意思が内側にある。面白いですね。


佐藤:面白いと思います。変わらないために変わるというところがあるわけですよね。この本の最後は会憲でまとめたんですけれど、その意味において、この会憲で創価学会は宗教として完成したと僕は見てるんですよ。


澤田:私、最初に面白いと思った歴史小説ってヘンリク・シェンキェヴィチの『クォ・ヴァディス』なんです。宗教が人間の歴史の中で変化していって、今につながっていくという点が、読んでいてすごく面白かったんですけれど、そういった視点でもこの『池田大作研究』を読みました。まさにキリスト教がずっとやってきたことが、第2次世界大戦中から今までの間に、ぐっとまとまって、この一冊に詰まっている。人間の歴史は幾度も幾度も同じことが重なっていくものです。だからこの先も、またどういうふうに変わっていくのかなと思いました。創価学会は完成したとおっしゃいましたけれど、キリスト教だって、いつでも改革はあります。


佐藤:それは変わっていきます。一つのベースができて、その土俵の上で変わっていくということです。


(構成/編集部・木村恵子)


佐藤優(さとう・まさる)/作家・元外務省主任分析官。『創価学会と平和主義』『危機の正体』『ウイルスと内向の時代』『世界宗教の条件とは何か』など著書多数。2020年の菊池寛賞を受賞。


澤田瞳子(さわだ・とうこ)/作家。2010年、『孤鷹の天』でデビュー。『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞受賞。『若冲』『火定』『落花』『能楽ものがたり 稚児桜』で4度の直木賞候補に。


※AERA 2020年11月16日号より抜粋